Best Friend

 あたしたちの学校は「ふつう」と「まぁまぁ」の丁度中間位の偏差値を保っている女子高で、別に繁華街に近いとかどこかの付属で勉強しなくても短大にはいけるとかでもないのに、何故かめちゃくちゃ遊んでいる子が多かった。そんな中で、真面目に大学受験を考えているあたしを含めたごく一部のグループと、適当に進学すると思っている大部分のグループにはっきりくっきり分かれていた。
 親友のクミとユカとあたしは三人でいつでも固まっていた。クラスメイトの子たちとははっきりいって話はぜんぜん噛み合わなかったし、三人でいる方がたのしかった。放課後三人で図書室でおしゃべりして三人で下校して、三人で駅前のスーパーでアルバイトした。別にクラスの子たちが嫌いじゃなかったけど、やっぱり気があわないんだから仕方がない。
 こんな調子で高校に入って一年くらいしたころ、クラスに転入生がきた。入ってきたその子をみて、あたしは難しい予感にうなった。まず間違いなく、クラスメイトたちと気が合いそうにはなかった。だけど、それはあたしたちに近い雰囲気だっていみじゃなかった。……一匹のカニ、だったのである。
 カニは最初の2、3日、どうしていいのかわからずにいろんな子と喋っていたが、あたしたちのグループに入るのだと決めたようだった。彼女はサクラというかわいい名前を持っていたが、あまり名は体を現してはいないようだった。
 とにかくサクラはのろい。とろい。カニだから仕方ないのかもしれなかったけど、あたしたちと歩くペースも違うし食事も遅い。サクラは一緒にバイトもしたがったが、店長がすごく嫌な顔をしたので断念した。けど、それは正解だとあたしは思う。サクラにはてきぱき、とかちゃきちゃき、とかいう言葉がどうしても理解できないんだ。だからといってあたしもクミもユカも、サクラが嫌いじゃなかった。サクラはぼーっとしてとろいけど、呆れるほど気が小さくて万事控えめだった。
 一緒に買い物にいく時も、サクラの着る服ってのは正直ないからあたしたちばっかりだったけど、サクラは楽しそうにさっきのワンピが可愛かっただの、あのサンダルがよかったのと喋りかけてくる。可哀相なくらいサクラはセンスが良かった。あたしがそういうと、いつでもちょっとだけ泡をふいた。
 修学旅行は沖縄だった。それで水着を買いにいった時、サクラは恥ずかしそうに、
「あたし、泳げないの」
と言った。クミがぷっと吹き出して
「サーちゃんは泳げなくてもぜんぜんへーきじゃんか」
というと、サクラは悲しそうな声でそうよね、と言ったのであたしたちは結構真剣に彼女を慰めなくてはいけなかった。サクラは実にナイーブで繊細なカニだったから、女の子同士の間ではどんなにひどくても誰もブスなんて言葉を使わないのと同じように、あんまり本人に向かってカニ、とは言えなかった。それを言ったら人非人のような気がした。
 映画にいった時のこともそうだ。四人で並んで座っていたらカップルがきて、ここあいてますか、ときかれたので、そこは友達の席ですと言った。でもそこにはサクラが座っていたのだ。映画は大河系のラブロマンスだったが、サクラは映画が始まる前からめそめそ泣いていて、終わってからもしゃくりあげていた。カップルの言いたかったこともわかるだけに複雑な気持ちであたしたちは慰めたが、サクラはこういうことを気にしすぎるほどのカニだった。こんなことは何度もあって、あたしたちはその度ちょっとうんざりしながら慰めるのだった。
 冬になった或る日、サクラが学校を休んだ。あたしたちはバイトを休んで、サクラの家にプリントを届けにいった。歩きながらクミが
「ねぇ、カニの寿命って何年なのかな」
などととんでもないことをいって、あたしたちは三人で沈黙した。サクラは悪い奴じゃなかった。時々うっとうしいこともあったけど、基本的にはいい子だった。でも、時々本当に苛々した。
 サクラの家は馬鹿でかかった。庭がゴルフの打ちっぱなしが出来るくらいある。玄関先は純和風のつくりで、入ったところにどーんと虎の絵のついたてがおいてあった。
「うっひゃーぁ」
「まずいよぉ、これは」
 クミとユカがひそひそささやいている。あたしもうわっ、と思った。奥から出てきた若い男の人はど派手なオレンジのダブルスーツによくわからない幾何学模様のシャツをきていて、足をするように歩いた。
(ひゃあ~……)
 あたしもごくっ、と息をのんだ。どう考えたってカタギじゃない。
「サクラお嬢さんのお友達だそうで」
 丁寧にお辞儀をされてあたしたちは余計にまずい、やばいと思った。長く廊下を歩いて離れのサクラの部屋にたどり着いた時、あたしたちは心身ともにつかれきっていた。サクラは水槽から出てきてありがとうごめんね、と言った。
「びっくりしたでしょ、うち、こんなだから……」
 そういってサクラはごめんねと繰り返した。
「いっ、いいよ、いいよ、サクラはサクラだもんね」
「そうだよ、あんたがどうとかじゃないもん」
「だから気にすることないって、ね」
 三人で口々にいいながら、それでも二度とこの家に遊びにはこないだろうとあたしたちは思っていた。
 ふとユカが視線をサクラの机の上の写真にやった。家族写真だった。親分っぽいお父さんと、岩下志麻みたいなお母さんに、カニの兄とサクラ。お兄ちゃんがいるとは知らなかったが、どうしてこの両親からこのサクラが生まれてくるんだろう。あたしは世の中の不可解に首をひねったときだった。 サクラの部屋のドアがノックされて男の人が顔を出した。
(うわーっっ!!)
 それは新たな衝撃だった。入ってきた彼はとてもサワヤカな笑顔をもつ、すらっとした長身の、モデルか俳優みたいな美形だったのである。ユカもクミもぽかんとした顔で彼をみつめていた。なにしろ、めさめさかっこいいのだ。竹ノ内豊と反町隆史と稲垣悟郎とキムタクを全部足して3をかけたくらいにかっこいい!!
 紹介してもらおうとサクラを見ると、当然のように兄なの、という答がかえってきた。あれ、っと思った。サクラの兄はあの写真に写ってるカニじゃないのか。でも、そんなこと、どうだっていい!!  妹となかよくしてやってくださいといわれてあたしたちはこくこくと頷いた。クミもユカも口を半開きにしている。
「そ、そらもう、あたしたち、親友ですからぁ……」
 でれっとした声でクミがいい、ユカとあたしも大急ぎでそれにうなずいた。
「また遊びにきたいなって、今、思ってたんですぅ」
「サクラちゃんとはずっとなかよくしていきたいなぁって」
 サクラはみんな、と感きわまったようにひたすら泡をふいていた。あたしたちはそんなサクラを後目にただお兄さんにまとわりつき、親友だと思ってきたこの二人との激烈なバトルの予感を感じていた。
《終》


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