第1章 祝祭の日 15

 水滴が跳ねた音が、狭い浴室に響いた。浴槽の中で膝を抱えていたクインは物憂く顔を上げ、完全には閉まっていなかったらしい蛇口をぎゅっとひねった。金属のこすれる感触が、手の平に痛い。
 のろのろした仕種でその手を浴槽に戻し、再び同じ姿勢に戻る。前と違うのは顎を膝に乗せたことだけだ。張った湯は既に熱を失いかけ、出ていくのに勇気がいる。
 ……クインは微かな溜息をもらして瞬きし、浴室の換気窓を見た。一瞬の閃光が窓を光らせているのは城を中心にあがる花火だろう。
 クインは城か、と呟いてゆるく首を振った。何故見に行ったのだろう。……行きたいなどと言ってしまったのだろう。後悔ばかりだ。
 埋もれるほどに花を飾り、美しいリボンを結び、静やかに進む始祖帝の故事に倣った仮装行列は馬鹿馬鹿しくなるほど豪勢だった。一際歓声の上がる山車は遠目からもすぐに分かった。近づききれず、遠くなり過ぎるほどに離れられず、中途半端な距離の人垣の中でじっと山車を見ていた時、自分は何を考えていたのだろう。
 漢氏の扮装のせいで黒く染めた髪は、いつか自分がしていたのと同じような艶やかさだった。大衆に合わせたような微笑みも、きっと過去の自分とよく似ている。改めて見つめれば、似通った部分ばかりが発見できた。
 きっと入れ替わったって誰も気付かないだろうに。あそこにいるのが何故自分でないのだろう……
 妬みというわけでもなく、憧憬というものでもない。ただ自分がきっと永久に手にしない、だが権利はあったはずの輝きを見せられては胸が痛かった。
 皇子は相変わらず彼と同じ顔立ちをして、そしてずっと無垢に美しかった。手入れされた肌やよく磨かれた爪などは付属物に過ぎない。誰をも寄せ付けない輝きを、本人は殆ど意識しないままに放っていることがたまらなく眩しい。涙が出る。
 皇子が自分を見つけて笑ったことも、一瞬巻き起こった激しい怯みのために思わず逃げてしまったことも、全てが哀しく思われた。
 皇子は悪くない。いつか彼が逃げていくのを見ないふりをしようといってくれた言葉の通り、今でも彼を庇ってくれるつもりでいる。
 その慈悲。憐れみ。そんな言葉を思う度に腹の底から噴き上がってくるようなものがある。
 双子でありながら片方は城で大切に跪かれ、片方はタリアの奥の汚いアパートで子供時代との永訣を決める瞬間をどうしていいのか測りかねて震えている……
 クインは顔を歪めた。
 誰が悪いと声高に訴えることが出来れば楽だったのに。あの皇子の微笑みさえ辛い。同情なんか欲しくないのだと斬り捨てることは簡単なのに、理性はそれを捉えているはずなのに、納得させきれないものが残る。
 過去にどんな理由があったかは知らない。だが今自分がここに、皇子が城にいることは確かだった。山車の上で隣にいた蘭芳皇后の扮装の少女は弟のライン皇子だろう。皇族の隣に同位置で座ることが出来るなら限られてくる。あそこにいて、弟皇子と微笑みを交わしていたのは自分だったかも知れないのにと思うことを止められない。
 何故、何故、自分ばかりが不幸の籤を引くのかと何かにたたきつけたい衝動を止められない。そして、それは誰のせいにも出来ないからこそ、自分の中に跳ね返ってくる。
(誰かを犠牲にしなくては生きていけない)
 ライアンの言葉に反発を覚えたことさえ巧妙な偽善に思えてくる。
 クインは舌打ちした。狭い浴室にそれが殷々と響いた。また一瞬の閃光が窓の向こうで輝き、やがて遠雷に似た音が微かにした。それが合図だったかのようにクインは身震いをした。
 肩の辺りまで深く温い水に浸かった肌は既に水気でふくらと柔らかになっている。いい加減にここから出て、寝室に行かなくてはいけないと分かっていて、足が竦む。
 水から上がりかけては寒いと呟いて戻ることを繰り返している。陥没にはまって上がれなくなった獣みたいな真似だとクインは皮肉ぽく口元を歪めてみるが、あまり面白くなかった。
 長い溜息を落としながら、クインは浴室の窓をずっと見ている。花火が断続的に初夏の夜空を照らしているのをここで見終えるほど時間を潰す気はないが、だが現実、湯から抜けて部屋へ行くだけの勇気がない――寒いから、とクインは呟き、唇を軽く噛んで額を膝に押しあてた。目の裏が熱い。
 いっそ、早くしろと呼んでくれたらいいのに。クインは歯を食いしばって嗚咽を飲み込みながら、ライアンの冷淡さについて一瞬激しく憎み、そして彼の正しさに苛立った。
 まだ機会はあるのだとライアンは言外に告げている。彼が自分の言った担保を受け取ると承諾したのには、この最後の機会を与えることも含まれていたのだろう。
 ライアンの考えは分かっている。彼は自分を手持ちの男娼にすることには乗り気でない。今でも。クインが怖じ気づいてやめるというのを待っているのだ。頭でしか痛みを想像できない他人のことよりも自分に起こる出来事の痛みを優先しろと、言っても分からないなら感覚で判断しろと迫る、そういうやり方だ。
 ライアンは正しい。クインは温い水で目元を微かに洗いながらそれを思い知る。 自分がまだ子供で攻撃的なのは不安だからということさえも見抜いている。不安でなくなれば少しはましになるだろうか。……子供でなくなれば、もう少しはましになれるだろうか。
 無垢という言葉の意味をさほど深く考えたことはなかったが、この夜を境にして別のものになるということは永遠の無垢からは見放されるということなのだ。
 そしてあの城に入るには、無垢であることが相応しく、そして絶対条件であるように思われた。
 もう二度とあの場所に行く資格さえなくすような気がしてたまらない。来るなと言われているようで居たたまれない。自分の帰る場所を、最後に行き着くべき場所を、その門を潜る資格を自分で手放そうとしている。
 クインは顔を歪めた。
 何故という憎しみだけが、誰に向けても間違いだと分かっている憎悪が、頭の中を散々走り回っている。
 美しい扮装。綺麗に整えられた衣装、染められた髪、磨き抜かれた爪の淡い色。
 その全てが、憎い。憎い。憎い。
 何故。何故。何故。
 何故、俺なんだろう。
 何故、皇子ではないのだろう。
 何故、俺じゃなくちゃいけないんだろう。何故、何故――
 僅かに首を振ると、水面に映る花火が目の奥を焼いた。
 憎んでやりたい、呪ってやりたい、口汚く罵り引き据えて、自分をいずれ買うだろう客達の前に放り出して目の眩むような絶望に食らいつくされてしまえ――それが何故、俺でなくてはいけない!
 何故、と呟くと一度は沈んでいった涙がまたこぼれ、顎から落ちた。僅かな波紋がゆらりとのたうつ。
 自分は汚い。自分の不服従を誰かのせいにしたくてその相手が見つからないのを、皇子に被せて憎しむことで釣り合いを取りたがっている。必要なのだと分かっていても、身体が動かない怯懦をも、憎い。それも皇子のせいにしたいのだ。
 どれだけ理不尽かも知っていて。
 皇子は十分自分に優しかった。事情など何も知らなかった故に、あれほど直截な聞き方をした。それを憎いと思ったことは今までなかった。皇子の指摘がなければ気付かなかった瑕疵がある。あのまま魔導実験にまで進んでいれば、破滅は明らかであった。
 理性では分かる。十分に。だが、今自分を支配しようとしているのは衝動であり、衝動は感情の突端、心の真奥の反射だ。嫌だ嫌だと泣き叫びながら、他人が自分のために苦難を浴びることを肯定したくなる。
 そしてそれは完全に自己の言葉と矛盾であった。取るべき道が一つであることは帝都に戻ってきたときから分かっていた。
 自分で考え、自分で決めたことを守れないなら、自分の意志なんてないのと同じだ、とクインは僅かに頷く。その新しい考えは、やっと自分を納得させうるものに近かったのだ。
 ぴちゃんという音が、もう一度した。蛇口はやはりよく閉まってなかったらしい。
 クインはゆっくり腰を上げ、きつく蛇口をひねった。僅かに軋む音がして、水はどうやら完全に止まったようだった。
 それをきっかけにしたようにやっと足が出た。長く、もう殆ど水と言っていい温度になっている湯の中にいたことで、やはり肌がいっぺんに冷える。
 反射的に身震いし、クインは浴室から出て手早く身体の水気を布で拭くと、一瞬迷ってから夜着の長衣を被った。釦を止める指先が細かく震えている。その作用を、もうどうこう誤魔化す気はなかった。
 クインは眉をひそめて笑い、やはりライアンに頼んで良かったと自嘲と共に安堵した。怯えている自分を知るのは彼だけだ。彼が黙っていてくれればそれで済む。それにライアンはチアロのように喋り回るのが得意ではないのだから。
 ライアンは寝台に登って高い位置の窓を開けていた。何かと思えばそれは煙草の煙を逃がすためであるらしい。初夏の夜はさほど寒くないのだろう、上半身は既に全て脱ぎ捨てて、ゆるいズボンだけだ。
 右肩に、一目で分かる深い傷の痕跡があった。クインがそれに目を留めたのに気付いたのか、3年前にな、と薄く笑う。
「完全に直っているから気にするな。目に触るようなら見ないほうがいい」
「直ってる割には傷は残ってるんだね」
 驚くほどすんなり声が出た。さほど声が強張ったりしていないことにクインは強く安堵した。
 ああ、とライアンは軽く頷く。カレルが面白がって傷をいじり回したからな、と前タリア王の名をあげながらの彼の声は苦笑気味だ。
 そう、とクインは微笑み、寝台にすとんと座った。彼が引かない姿勢なのを見て取ったのかライアンは微かに眉を寄せ、すぐに元の無表情に戻って煙管を窓枠に軽く打った。灰を切るのだ。
「写真、そこにある内から好きなのを選べ」
 ライアンが軽く顎で示す小卓に、幾枚かの写真があった。少女の扮装と少年の格好の2種で一昨日チアロが撮ったものだ。写真という容姿を形残すものへの反射的な嫌悪はあったものの、客に見せるのに必要だからといわれれば頷くしかない。
 後はライアンやチアロが写真を他人の手には絶対に渡さないといってくれた言葉を信じるしかなかった。
 どれもそう写りは良くないが、ライアンに言わせるならその方がいいらしい。チアロが客の約束を取り付ける時に有利に運べるからと言われて良く分からないまま頷いた。いずれにしろ、クインはそちらには疎いことを自分で承知している。
 ライアンがようやく煙草を終えて窓を閉めた。10日ほど前にライアンが宣言したように、クインはチェインよりはやや外れた場所のアパートにいる。周辺は安い飲み屋や賭場などがぽつりぽつりとあるような、タリアの中では閑散とした地区だ。
 チェインに置くとライアンの目が届く代わり、少年達の目に付くと敬遠された。ライアンは堂々たる少年達の王だが、彼の特別扱いという位置は諸刃の剣だ。厚遇もされるだろうが危険も増える。
 このアパートには他の住人がいないのもよかった。前タリア王の残党の根城であったというここを、彼らを狩った報酬にライアンがアルードにねだったのだとチアロが言っていた。後でライアンも似たようなことを言っていたから、多分それは本当だろう。
 地下から例の地下水路へ降りることが出来るし、水路はタリア中へつながっている。ライアンがアルード王にねだったというならその辺りを考えているのだ。
 好きな部屋を選べと言われて最上階にしたのは、今し方ライアンが喫煙のために開けていた窓から遠く魔導の塔と、その更に向こうに皇城が見えるからかもしれない。白く輝く光の色のような城壁を見た瞬間に、この部屋がいいと口にしていたのだから。
 選別した写真を渡すとライアンは頷き、他の写真に火をつけた。灰皿の上で身をよじるようにめくれ、瞬く間に黒い塊になっていくそれをクインはじっと見つめる。写真に対する嫌悪を考えてくれることを有り難く受け止めながら。
「……やめるかと思ったが」
 ライアンの方も何かを思ったようで、そんなことを言った。クインは僅かに笑ってみせる。それは思っていたよりもずっと晴れやかであったように思われた。
「止めたって何も変わらないよ……」
 口にしながらそれが真実であるようにクインは思った。ライアンは僅かに首をかしげ、それから水差しを傾けて灰皿の上に残る僅かな火種を完全に消した。水差しを戻すそのままの手で、クインの手首を掴んで寝台の上に引き倒す。
 それがいかにも唐突で、クインは慌てて待って、と遮った。ライアンは少し笑った。
「止めるか?」
 からかうような素振りが滲む口調にクインはライアンを軽く睨みあげ、そして違う、と首を振った。
「そうじゃなくて……あ、灯り、消してよ……」
 何か理由に見えるものを探して口走った言葉に、ライアンはああ、と素っ気なく応じた。
 自分の手首を掴んでいた手が離れ、寝台のすぐ脇に置かれていたランプの灯火が簡単に消える。
 ふっと夜に沈んだ部屋で、クインは微かなライアンの吐息を聞いたように思った。店の少ない路地近いアパートでは、窓からの明かりは殆どない。月はあるだろうが、今は建物の影になっていて光は射さない。いくら目を凝らしても、ライアンの表情はだから読みとれなかった。
 寝台に引き倒されたままの姿勢で背を預けていたクインは、居心地悪く身体をずらした。
 どうしていいのか本当に分からない。何か言うと支離滅裂になるのは自明に思われたから殊更、黙り込んだ。
 ライアンが今度は正真正銘の溜息をついた。
 何を待たれていたのかを知っても、声高に非難する気にはならなかった。それが非難に値することなのかどうか、クインには判断が付かない。
 身体の方は既に震えが止まっていた。深いところで観念してしまったのか、すとんとした脱力で湯船の中にいたときより余程呼吸が正しい。あとはライアンがしたいようにすればいいのだという諦観と、彼ならそう酷いことは強いまいという安堵がやや自分を落ち着けている。
 ライアンが唇を開いたような気配がした。黒い空間の中で、全ては気配であった。クインがじっと彼の顔の辺りを見上げると、ライアンは僅かに首を振り、そして頷いたようだった。
 ライアンの影が動き、彼の指が自分の頬に触れた瞬間、撥ねるように迫り上がった動悸をクインは聞いた。自分の耳元で、自分の心臓の音が激しく聞こえる。
 それに追い立てられるようにクインは目を閉じ、深く呼吸をした。その音と鼓動だけが世界に満ち満ちていく。閉じた瞼が痙攣している。噛みしめた唇を呼吸のために僅かに開き、長い溜息が震えていたような気がして左手で口元を押さえた。
 そのまま呼吸を整えようと何度か肩でそれを均していると、他人の指が自分の胸の位置にある釦を外すのが分かった。微かに肌に触れる衣の動きさえ、いちいち気に掛かる。
 鳩尾のあたりまでをはだけ終えた指が、何かを辿るように探すように、ゆっくり上がってくる。喉に指が触れる。込み上がってきた吐息を逃がそうと背をよじると、ぽろりと頬を伝うものがあった。
 それを空いていた右手でそっと拭い、クインはその右手をライアンの方へ伸ばした。何かに闇雲に縋りたい瞬間であったかも知れなかった。
 指先に、彼の体温が近くなる。だが、それを感じた瞬間にクインは手を引いた。そんなことをして得られるのはライアンの同情だけであると思ったのだ。
 どこへやるか困惑した手を迷っていると、指の間にするりと彼の指が入り、組合わさるようにして頬の横の辺りへ落とされた。
 掌の熱。体温と、微かに感じる脈。
「ライ……」
 クインは何かを言いかけた。何を言おうとしたのか、良く分からない。
 ――その瞬間、不意に白い光が部屋を照らした。驚愕でクインは反射的に跳ね起きた。何があったのか、理解できなかったのだ。
 一瞬の後、低い轟音が遠くから聞こえた。花火だ、と理解するのに少しかかった。この祝祭の日の終わりを告げるべく、皇城からあげられていた花火の最終幕が始まるらしい。最初の閃光を皮切りにしたように、次々と光の花が空に咲いては消えていく。
 ライアンがするりと重ね合わせた手を離し、花火だな、と呟いた。そうだね、とクインは淡く返答し、寝台の上に起きあがった。前だけが空いた衣の隙間から入る夜気が肌を僅かに冷やす。
 そしてそのまま2人、黙ったまま夜空を見上げた。
 窓の向こうに鮮やかに展開する明るい世界を眺めている間、決別の言葉をそれに投げかけている間、クインはじっと花火のちょうど真下辺りにいるはずの、兄のことを思った。兄のことを思い、見知らぬ母のことを思い、そして自分を連れていた母のことを思った。
「……綺麗だね」
 クインの呟きに、ライアンの吐息のような肯定が返った。
 視界の中に四角く切り取られた窓、窓の向こうの夜、夜の上に乱舞する光たち。瞬き、消え、開き、名残と残像を残し、再び上がっては黒空に描き出される沢山の花。
 あの下にいる彼らと今、同じものを見ている。いる場所は違っても。
 そんなことを思うと泣き笑いのような、微妙な表情になった。
 ライアンの方を横目で窺うと、彼はそんなクインの様子を知らぬふりでじっと夜空を見上げていた。……あるいはそのふりをしてくれていた。
 どちらでも良かった。今、声をかけられたら、浴室で憶えた憎悪のことを、思い出してしまいそうだったから。
 クインは視線を花火に戻した。美しいものを見ているときだけは、全てを忘れて没頭していられた。何故自分がここにいるのかという疑問も、取り返しのつかないことへ踏み出そうとしている恐怖も、全てが光の中に紛れて消えてしまう気がした。
 次々と連続して打ち上げが続くならば、幕切れは近い。今頃帝都は祝祭の歓喜の中にあって一際華やかな熱狂を享受しているだろう。明日の朝になればその余韻だけが残っている一過性の、だが確実な快楽が皇城の下から広がり、道と人々を満たしている。
 そして自分もまた、闇という部類の祝祭を通過しようとしている。熱と痛みを享受しながら。
 クインは軽く頭をうち振り、ライアン、と呼んだ。花火をじっと見つめていた男はクインを見返した。それは彼が見た中で一番落ち着いて穏やかな表情であった。
 それに酷く強い安堵を覚えながら、クインはもう一度ライアンと言った。
「……花火が終わったら……さっきみたいに、手……重ねてて……」
 体温があるだけで随分と鼓動の早さが違う気がした。
 本当は手ではなくて唇の方がいいのだと言いかけ、クインは自分の感傷気味なことを苦く笑った。ただ、最後に唇に残っている記憶があの男のものであることが、気に入らない。
 が、ライアンに告げてもそれは是と言わないだろうと分かっていた。
 クインの言葉にライアンは頷き、どうしても変わらないか、と尋ねた。
 クインはうん、と僅かに微笑んで返答し、花火へ視線を戻した。光花の饗宴は一層たけなわで、夜空全体が太陽に煌めく海のようにさえ見える。
「クイン」
 ライアンが唐突に言った。
「お前が担保にしたものの代わりに、俺の真実をやろう。お前には嘘をつかないと誓う」
 クインはライアンを見、そして破顔した。炸裂する光に明滅するライアンの緑色の瞳の奥の自分が、晴れやかに、嬉しそうに笑っていた。
 やがて花火が終わり、部屋と夜は闇に戻った。そこで行われたことは、それまでクインが知識としてだけ知っていたことであった。

《第1章 祝祭の日 了》

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