第3話 魔女の呪いは理不尽に

 あたしが草むらをかき分けて出ていくと、旅人は悲鳴を上げて土下座した。
「これはこれは救国の聖女さま、ご機嫌麗しく……」
 へっ、とあたしは笑う。最近はこの付近にあたしの存在が知れ渡ってきてるようで、手間がかからなくていい。
「ご機嫌? あたしのご機嫌が麗しいかどうかはあんたの態度次第で決まるわね」
 旅人の目の前すれすれに、この前通りすがりの騎士からもらった剣をどすっとばかりに突き立てる。そうすると旅人はますます恐れ入って荷物の中から財布をとりだした。あたしはそれを受け取って、簡単に中を確かめた。
「ちょっと。本当にこれだけでしょうね?」
 旅装の支度具合に比べて明らかに旅費が少ない。それだけです、と言われてあたしはふうんと呟いた。
「じゃあ、身体検査、しようか。ほら立って、その場で飛ぶ! 飛べッつってんだよ!」
 軽く跳躍させてみれば案の定、チャラチャラとコインの鳴る音がするじゃないか。あたしは剣の平で旅人の頬をぺたぺた叩きながら言った。
「は~い、この音は何ですか~」
 観念した旅人の隠してあった財布をとり、あたしはその中から銀貨を1枚放り出した。
「とりあえず、それだけ残してやるからさっさと峠を下りてふもとの村へ帰んな。その金で自分の知り合いにでも手紙を書いて送金してもらうなりなんなりすれば?」
 但しふもとの村へ行くには半分の確率でこの峠を通らなくては行けない。これは割合にいい稼ぎなのだ。向こうから大金しょった馬鹿がひょこひょこ上ってくるのだから。旅人を放免してやると、隠れていたクレーロスと彼に抱かれているサーちゃんが出てきた。相変わらずクレーロスの方は感激に身を震わせている。
「ああ乙女、あなたの力強い御言葉はなんと威厳に充ち満ちて人々をことごとく従わせることか! 私には乙女が神の如くに麗しく眩しく思えてなりませぬ。素晴らしい、なんと素晴らしいのでしょう……このクレーロス、心より感激しておりますとも!」
 言いながらクレーロスの青い瞳はみるみる潤んでくる。こいつが泣き上戸だってことは最初の出会いの時に何となく分かったんだが、ここまで役立たずだったって事は計算外だった。サーちゃんが最初、クレーロスと再会すればましになるとか何とか、言ってた気がしたのだが、この美形の魔術師は魔法のロッドがないと何にも出来ないのである。それを知ってあたしが心底がっくりしていると、クレーロスはいつものようにオイオイ泣きながらこう言ったのだった。
「おお朝日の如く鮮烈で夕暮れの如く優しく太陽の如くに凛々しくお強い勇気ある乙女、私のロッドを取り戻して下され。あれがないと私は、私は……この数ならぬ身にて殿下にお仕えせんと思うて参りましたが、何のお役にも立てませぬ。殿下、どうかこの不甲斐ない私をお許し下さいませ……よよ」
 何がよよ、だ! 美形じゃなかったら絶対に顔の形変わるまで殴ってるところだ。しかもいちいち変なポーズをつけるのは何故。手をもみ絞ったり額に手を当てたり、胸を押さえたり、いちいちポーズをとらなきゃ口もきけんのかコイツ。
 当初サーちゃんの『黄昏の真珠』に辟易したあたしだったが、クレーロスに会ってやっと分かったこともある。こいつもあたしのことを『勝利の大天使』などと呼びやがったのだが、どうやら王宮では妙齢の女性の名前はとても神聖なもので、それを与えるということは婚約したに等しい意味を持つんだそうで……あのタラバガニのド畜生め……
 が、まあいい。見事魔女の呪いをといて王国を復活した暁には、あたしはクレーロス以上の美形だというサーちゃんと結婚して、この国の女王様になるのだから。それよか問題はサーちゃんとクレーロスという荷物を抱え込んだあたしの身の振り方だ。
 あたしがとりあえずすべき事はサーちゃんの呪いをとくことなのだが、必須である『乙女の真実の愛』はそんな名前のアイテムではなくて、文字通りそのまんまの意味らしい。それにあたしが眩暈を堪えていると、クレーロスはあたしが感激しているのだと思ったのか、うんうんと頷きながら言った。
「あなた様と殿下は既にサーちゃん・イーリスと呼び合う仲なのですから愛の真実はお二人の間にそびえる大樹の如くしっかりと根付いていること、このクレーロスはっきりと分かっておりますよ。殿下のお美しく偉大なる愛に包まれた乙女は私から拝見しましても眩しさのあまりにひれ伏したくなるような麗しさ。加えてその力強いご気性、何事も挫けぬ不屈の魂、誠に感服いたしまする。このクレーロス……」
 あとは略していいだろうか。
 しかし真実の愛がそんなに形式的なものとは知らなかったな、フン。
 で、あたしはクレーロスの提案に従ってあの森の中でモンスターどもを手なづけ、奴らに人間をボコらせ、金と武器を奪って武装し、この峠にやってきたというわけだ。ここから王都までそう距離もないし、なんと言っても山岳地帯なのでいざとなればゲリラ戦に向いている。なにしろあっちは騎士部隊を動かせるが、あたしの手足と来たらこのロッドがないとと泣き言を延々抜かす以外に能のない顔だけが取り柄の魔術師と、それ以上に何も出来ないタラバガニなのだ。
 あたしは旅人から奪った金をじゃらじゃら取り出し、クレーロスに渡した。
「じゃ、ふもとで煙草と食べ物買ってきて。あたし、肉。サーちゃんは?」
「余は小魚の煮干しを口にしたい」
「は、かしこまりまして承りましてございます。この山道を往く私の前にたとえ何がありましてもこのクレーロス……」
「分かったから早よ行け」
 あたしはクレーロスの言葉を途中でちぎって奴を向かわせた。サーちゃんもクレーロスも、なんでこう勿体ぶった変な言葉を話すんだろうか。あれはあれで聞いていると苛々してくるのだが、サーちゃんは叩いたら物理的に壊れそうだし、クレーロスは……あの美形を殴るのはちょっと……だって本当にかっこいいんだったら……あれでもうちょっと役に立つ奴だったらなあ……あたしは遠い目をして、サーちゃんを拾い上げた。
「クレーロスが戻ってくるまで飯の支度でもしてよ、サーちゃん」
 ばりばり稼ぎ働くのはあたしなので、生活一般のことはサーちゃんとクレーロスにやらせている。主にクレーロスは買い出し係でサーちゃんは炊事係だけど。何かの手違いでサーちゃんが焼けちゃったら、その時はその時だ。焼きタラバ……ふふ。
 が、クレーロスはいつまで経っても帰ってこない。待ちながら一箱空にした煙草の箱を握りつぶし、あたしは遅い、と呟いた。サーちゃんが何かあったのだろうかと心配そうな声を出しているが、あたしはそれよりも苛立ちの方が優先だった。買い物も出来ないのか、あいつ……無惨なほどに何も出来ないな……
 チッと舌打ちをしてさらにもう一箱煙草をあけていると、峠をのこのこあがってくる人影が見えた。二人連れだったから余分に金を持っているだろうとあたしは剣を構え、山道へ出た。
「おうおうちょっと待ちな! あたしゃこの辺に縄張り構えてる『救国の聖女』つーもんだけどね、活動資金を……」
 言いかけてあたしは目をしばたいた。その二人連れはクレーロスと見知らぬ女だったのだ。クレーロスの方はなんだかしおれた花みたいにしゅんとしていて、美形は何をしても似合うなあとあたしは改めて感心…… い、いやそうじゃなくて。
「ちょっと、何してんの、クレーロス」
 あたしの言葉に決まり悪そうに美形の魔術師は俯いて言った。
「おお麗しくも雄々しく凛々しい勝利の大天使、私の不手際をどうかおしかり下さいませ。思い起こせばあの運命の夜……」
 クレーロスは身をよじりながらいつものように手を揉み絞ろうとしたが、その手は後ろ手になっているようでいつまで経っても揉み絞れそうになかった。クレーロスの後ろで女がニヤニヤ笑っている。
「とっ捕まったな……」
 何も出来ないだけならましだったかもしれん。もしかしたらサーちゃんだけの方が足手まといじゃないのでは……?
 あたしは長く溜息をついて、女を見た。年は……これがスゴイ厚化粧でよく分からないんだが、えーと30くらい……かな? 色彩感覚が狂っているとしか言いようのない化粧をしている。小豆色の口紅に普通紫のラメのシャドウと緑のチークを合わせるか?いやその前に、その黒いエナメル生地のパッツンパッツンの露出度だけに配慮したような衣装はどうよ。スカートなんか膝上15センチってところだろうか。こいつとは絶対に価値観が合わないと確信し、あたしは女に向き直った。
「あんた、誰」
 あたしが言うと、女はニタリと笑った。
「あたくし? あーらあたくしを知らないなんてどんな世間知らずなのかしら! いいこと、あたくしは偉大なる魔女にしてこの世の叡智と奇跡を司るべき運命の元に生まれた美女! その名も『導きの星』とお呼び! おーっほっほっほ!」
 ……王宮に出入りしている奴らはみんなこんななのだろうか。あたしが女王になったら真っ先にこの風習からどうにかしてやりたい。さりげなく自分のことを美女と紹介するところも気にくわないが。
「この峠に『救国の聖女』とかいう追い剥ぎが出るって苦情がきてるから退治しにきてみれば、クレーロスがいるじゃないの。すぐにサティ様がいらっしゃるって分かったわ、なんて素晴らしいあたくしの推理力! 人類の知性を一手に引き受けたような魔女としてこれくらい当然ですけどね、おーっほっほっほ!」
 あたしははいはい、と合いの手を入れてから言った。
「えーっと、職業は魔女ね。で、それは分かったから、名前は」
「だから『導きの星』!」
「『導きの星』! クレーロスを離せ!」
 女が叫ぶのとサーちゃんが怒鳴るのが殆ど同時だった。カサカサとサーちゃんが草をかき分けて出てきて、そなた、と震える声で言った。甲羅が赤い。サーちゃんは怒っているらしい。カニの喜怒哀楽が分かるって、本当に嫌なもんだ。
 サーちゃんはハサミを振り回しながら叫んだ。
「この憎き魔女め! 私を愛する乙女は既にここにおるぞ、そなたの野望は水泡の夢と化すに決まっておる! さあ、余の呪いを解くのだ『導きの星』!」
「ああサーちゃんこの人知り合いなんだ?」
 あたしは剣の平で肩を叩きながら言った。知り合いだったら丁度いいからクレーロス引き取ってもらえないかな……サーちゃんの方が美形だって言うし、大体買い物に出してとっ捕まったんじゃあ話にならない。いっそこいついない方がどれだけ楽だろうか。
 が、サーちゃんはとんでもないというように、ぶんぶんとハサミを振った。
「何を言うのだイーリス、我が乙女、この女こそ余に呪いをかけ王国を滅亡に導いた悪しき魔女であるぞ!」
 ふ~ん。この変な化粧と衣装の女がねぇ……あたしはフフンと笑った。何となく、勝った。何がどう、というよりもこの女には勝ってる。と、魔女はいきなり目をむいてあたしの胸ぐらを掴んだ。
「ちょっとあんた! 王子に本名で呼ばれてんの?!」
「それがなによ」
 聞き返すと魔女はあたしをひっつかんでいた手を離し、その場にへたへたと座り込んだ。
「そんな……そんなことが……ああ~超絶格別ウルトラ美青年の呼び声高いサティラーン15世殿下をタラバガニに変えてあたくしの愛の力で甦らせた暁にはあたくしの崇高な愛も成就してサティ様と二人で愛の女神の導くままあたくしがサティさまと呼んだらマガ我が麗しの乙女と優しくお返事下さるようなそんな甘甘新婚生活に突入するというこのあたくしの史上に残る完全完璧空前絶後な計画が、史上に残る無様さで!」
 何で王宮から来る奴ってこう、複数行に渡って喋るんだろうな。形容詞がくどいっていうか。クレーロスと同じような泣き方で、この女はぎゃあぎゃあ泣いている。
 が、分かることもあった。多分コイツ馬鹿だ。
「ところでマガ?」
 魔女はぱっと顔を上げた。あ~あ~、泣いたからマスカラ落ちちゃってるよ……
「ど、どうしてあたくしの真の名を?」
「さあ、どうしてだと思う? あたしはあんたが思ってるよりもずっと賢いんだよ。サーちゃんはあたしのもんだから、あんたは諦めてさっさと呪いを解きな、オバサン」
「お、オバサンですって?!」
 マガはわなわなと震えだした。
「よ、よ、よくも……よくもあたくしに……無礼な小娘め! な、なによ、つるっぺたのくせに!」
 つるっぺた。あたしは呟き、じっと自分の胸を見下ろした。そりゃ確かにこのスリムでスレンダーな身体は……ちょっとばかり凹凸が少ないけど……でも……つるっぺた……つる……
 ぶちっと切れた音がこめかみでした。あたしは手にした剣を魔女に振り下ろした。魔女がふわっと後ろへ下がる。クレーロスを突き飛ばしてあたしは魔女に突進した。
「テメェ死ねやゴラァ! 人の気にしてることを! オゥオゥ手間取らせんじゃねーよ! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね! 死んであたしに詫びろ、大年増!」
 叫んであたしはめちゃくちゃに剣を振り回した。その内の一撃がやっと魔女の胴に食い込む。 ───が、それは空気を切るようにすうっと手応えなく、通過した。あたしははっと手元を見る。マガは口元に手をやって甲高く笑った。
「おーっほっほっほ、このあたくしに聖剣以外の攻撃は効かなくてよ!」
「よーし分かった、聖剣見つけだして必ずお前を退治てくれるからな!」
「ど、どうして聖剣のことを知っているの?!」
 多分じゃなくて真性の馬鹿だな、こいつ。あたしはにやりと笑って叫んだ。
「あたしが救国の聖女でサーちゃんの婚約者だからだ! 愛の力! 分かったかこのババァ!」
 マガはうなり声をあげてじたばたと地団駄を踏み、そしてじゃあいいわよ、とあたしに指を突きつけて叫んだ。
「あたくしと勝負よ、『救国の聖女』! 聖剣を見つけだし見事このあたくしを倒したらサティ様の呪いを解いて、カルロ王国の兵を引き上げさせる。その代わりあたくしを倒せなかったらサティ様の心はあたくしのものですからね!」
「あのーもしもし、余の心はやり取りできる種類のものではないと……」
「よーし、その賭け乗った!」
 あたしは何か言いかけたサーちゃんを拾い上げ、甲羅をむんずと掴んでマガの前に突きだした。
「お前が勝ったらこのタラバ、煮るなり焼くなり好きにしな!」
 きゃっ、と変な声を上げてマガが両手で顔を隠した。サーちゃんがばたばたもがいている。……何照れてんだよ、こいつらは……つーか、カニが照れていることを分かる自分が本当に嫌だ……
 城で待っているわ、と捨て台詞を残してマガは走り去ろうとした。と、ハイヒールがつっかかって派手にばったーんと転ぶ。思わずというように振り返ったクレーロスと、あたしが掴んだままだったサーちゃんが同時に呟いた。
「ピンク……」
  マガはさっと起きあがり、泣きそうな顔であたしをにらんだ。転んだのは勝手なのだがあたしのせいにしたいらしい。あたしは中指を立ててマガに叫んだ。
「さっさと帰って命乞いの練習でもしときな、クソババァ!」
 ババァ、とマガはぐうっと顔を歪め、あたしに吠えた。
「そっちこそ土下座の訓練でもなさい、この貧乳娘!」
 ひ、ひんにゅ…… あたしは絶対にマガを許さないと決めた。この瞬間に決めた。
「でかけりゃいいってもんじゃないのよ!」
 吠えるとマガはいつものように高笑いして、駆け去っていった。50歩進むごとにハイヒールのせいで転ぶのが壮観だった。魔法で飛んでいけば楽なのに、やっぱあいつ馬鹿だ。あたしは剣を握りしめ、長い長い溜息をついた。
「聖剣ね……」
 乙女の真実の愛とやらが存在するなら、それもきっとあるだろう。イーリス、と呼ぶ声であたしは掴んだままのサーちゃんと向き合った。腹側の方を見ると奇妙に身もだえして
「まだ結婚前だから、ま、まずいと思うのだが……」
などと呟いているのは一体どういう意味か。
 あたしがサーちゃんをかかえ直すと、サーちゃんはやっと心地がついたようにハサミを振り振り言った。
「かの魔女はすさまじく悪知恵が働くのだ。イーリス、余のことはよいから御身大切にな……イーリスの身に何かあったら余は、余は……」
 微かにサーちゃんは泡を吹いた。大丈夫、とあたしは深く頷く。大丈夫、マガ、あいつ馬鹿だから。
 あたしはふっと笑い、待っていろ、と呟いた。マガだけは何があっても許さない。聖剣を手に入れてメタメタのボロボロにしてくれる。大丈夫、とあたしはサーちゃんに強く言った。
「必ず聖剣を手に入れて、あの憎っくき魔女をぶちのめしてみせるわ」


 ───そして、伝説は甦る。