星の挽歌/写影(1)

【共和暦25年 3月2日】

 歴史検証委員会の構成委員であり、修院時代の恩師でもあるレメ教授が私を訪ねてきたのは、三月の初めのことだった。教授のコートから冷えた空気がこぼれ落ちてくるようで、私は温かい茶を飲むかと聞いた。
「ありがたいね、今日はまた冬に戻ってしまったようで関節が痛いよ」
「なら、呼び出して下されば良かったのに、先生」
 湯沸かしを手早くコンソールから指示し、私は黒茶の入った棚の前に立つ。
 学生時代は先生から解釈論や資料解析の方法論などと共に美味しい茶の淹れ方を指導されたものだ。残念ながら先生の好きな花茶はないが、黒茶に香料でも投入すれば似たような香りになるはずだった。
 茶を出すと君は相変わらず結果主義だねと教授はソファにもたれて苦笑した。私は肩をすくめる。
 実利と実益を追求するならば歴史学者など全く儲からない。それを曲がりなりにも続けているのだから、私の情熱を認めて欲しいものだと思うし、茶なんて胃に入れてしまえばただの湯だ。味がついているほうが飲みやすいから黒茶を置いてはある。
 そんなことを言うと教授は君は全く学生時代から変わらないな、と頬一面に広がる髭を優しく震わせて笑った。私もつられて苦笑になる。
「学生時代とはいえ、性格なんてあの時分にはみな完成しているはずですし、昔から私は私です、先生」
「やれやれ、そんなに偏屈でよく学生の相手が務まるものだ、エリン教授?」
 その節はありがとうございました、と私は軽く頭を下げた。昨年漢氏ハンシの陵墓の様式変遷に関する論文が通り、私は首都ザクリアの国立修学院の教授の末席に加わることが出来たのだが、その際に教授は歴史検証委員会への推薦をして下さったのだ。
「どうだね、修院は」
「変わりませんわ。歴史は体制が変わっても同じです。解釈が変わるだけですもの。それに学生は相変わらず若くて勢いだけで、食堂の配膳の女の子を取り合って喧嘩になるのも、夜中に愚にもつかない悪戯をしてこってり絞られたことを勲章という顔をするのだって、ずっと変わらない。先生がいらした頃のままです」
「やれやれ、君を口説く勇者はいないのか」
「ご冗談を……私はもう三十五ですよ? 学生なんて若すぎて時間の無駄です」
 私は少し顔をきつくする。教授は怖い怖いと肩をすくめて足下に置いた鞄に手を伸ばした。抜き出した封筒を手渡され、受け取った手が一瞬沈む。重い。
 封をほどくよう促され、私は中身を引っ張り出した。
「あら……写影、ですね」
 紙、布、木など、解読する史料は多様な素材を持つが、原本の損傷が激しい時は写真を撮影し、つなぎあわせて一枚の長い写真を作る。これを写影と言った。
 閲覧しやすいように折り筋をつけて畳まれているが、分厚い。シタルキア皇国の正史は紀伝体となっていて一人の皇帝の生涯を一史書としてまとめるが、皇帝一人分と同じか、それよりもやや量がある。
 写影の一枚目はどの時代の何の資料かを記載した頭紙が来るが、そこには「筆者不明、日々録、帝暦百年以前と鑑定、共和暦25年2月24日」とだけあった。
 ──背が冷え、一瞬おくれて鳥肌が来る。古い。
 帝暦100年といえばシタルキア皇国の開始と大きなずれがないはずだ。あの華やかで輝かしい英雄物語の真実の一端をもしかしたら覗けるかもしれないという期待で心臓が強く打ち始める。
 日々録、つまり日記だ。一体誰のものだろう。官吏や高官など宮廷に近い筆者であれば嬉しいし、庶民のものであればその時代の生活資料としては一級となるはずだった。
「去年ようやく例の手櫃てびつの解呪が終了したことは聞いているだろう」
 教授の言葉に私は頷いた。