星の挽歌/写影(2)

 シタルキア皇国は2127年の歴史を誇った後、現行政府である革命軍によって皇城を制圧され、全ての権利を放棄する宣言書に署名をした皇帝が自殺して終幕となった。25年前のことだ。
 その後は破壊の嵐が過ぎ、皇城深く大切に保管されてきたはずの沢山の秘資料も灰となってしまったが、いくつか奇跡的に亡失をまぬがれたものも存在する。
 そしてその中に、文書保管用の手櫃が数個あった。手櫃という形態が期待をあおる。それは万一の時すぐに持ち出せるよう手提げ箱にまとめられた、ということだからだ。
「……中身の写影をまず作ることになったと聞いていました。もしかして、これが」
 私は手元の写影の表紙、日々録と書かれているあたりをそっと撫でる。写影は原本ではないが、指先で触れることで興奮が胸を打ったのが分かった。
 魔導鍵──魔導と呼ばれてきた波動科学による非物理鍵の解除にこれほど時間がかかったのは、革命政府が魔導士たちを事実上追放してしまったからだ。魔導士達は技を隠して市井へまじりゆき、今や追うことが出来ない。そのため魔導で施された鍵の解呪に時間がかかるという冗談のような状況で、解呪が終了したことさえ奇跡に思える。
「そうだ、あの手櫃の文書だ。原本は損傷があるから渡せないが、写影でいいだろう──君に依頼だ」
 私は頷いた。年代測定が正しければ少女の頃に胸踊らせて読んだ英雄物語の残像の時代のはずであった。
 私は眼鏡を丁寧に拭いてから一枚目の写影をめくる。ぱたりと頭紙が倒れてつい笑顔になった。
「あら……漢氏文字なんですね」
 漢氏は帝暦1150年頃に直系の子孫が絶え、独特の字や言語や生活文化などは風に紛れる砂埃のように消えてしまった少数民族だ。
 もちろん子孫は今もいるし、名前や幻獣など残り香はあるが、民族として判別できる状態ではない。どの記録も肌が黄色味を帯びていること、黒髪であったことなどが記載されている。
 史官の当初に漢氏をおいていたせいで、シタルキア皇国の正史は古語で筆記された書と、漢氏文字で筆記された書が帝暦860年頃までは平行して存在している。歴史を学ぼうとする学生が最初につまづいてふて腐れるのも漢氏文字だ……それは確かに仕方がない。
教授は軽く相づちをうった。
「ああ、だから漢氏文字の解読に詳しい者をということで、私が君を推薦した」
 私は頷く。国史学者で漢氏文字を読めない者はまさか存在しないだろうが、得意かどうかは別の話だ。
「わかりました、先生。対訳で提出でよろしいですよね?期限はいつ頃に?」
「7月末の歴証委の審査会に提出して欲しい。史料批判はそれからとなるが、それにも参加を、教授」
 分かりました、と私は頷いた。正直、量は少なくないが年代測定を信じるなら一級の史料となるだろう。
 私は数枚写影をめくり、すぐに気付いた。漢氏文字にも上手と下手があるが、これは相当に整った良い字だった。それは、これを書いた人間が文字を書く訓練を徹底的に施されたことを意味している。
「先生、これは良い史料となると期待出来ます。漢氏文字がとても綺麗……それに価値観が正しいわ」
 教授がそう思うかね、と聞き返してきたから私は大きく頷いてみせた。
「ええ、これはかなりの地位にあった漢氏によるものですね……ほらここ、【死】この【卒】ここの【薨】……亡くなった相手の身分にあわせ、きちんと使い分けています。これを書いたのはしっかりした教育と教養を積んだ人間ということです。当時の漢氏の宮廷進出状況ですと四家を中心にした上流階級の男性と考えるのがいいでしょう」
 言いながら私は微笑んでいた。帝暦100年以前の漢氏の上流階級──そこには当然建国の英雄と長く賞賛されてきたイダルガーン大公や、執政府成立に大きく寄与したマレンファン侯爵、歴史学の重要証拠人しょうきょにんであるハンシーク公爵らが含まれているはずで、時代の空気と漢氏の価値観を知る上では大変貴重で重要なものになるはずだ……
 私は両腕を抱え込むようにして長く深い溜息をついた。新しい史料、新しい事実を検討するときはいつもそうだ。期待で身が震えてしまう。
「君は相変わらずだな、本当に」
 教授は苦笑した。私はゆるく首を振った。
「先生がそう育てて下さったのです、私のせいにしないでいただきたいわ。それにこれは今まで見てきた中でも最高に古い史料ですもの、喜ばせて下さい」
 教授は小さく頷いた。帝暦300年以前の記録の原本はすでに散失したか複製が流布しているかが殆どで、年代測定の正しさを疑うわけでもないが、まさか、と本当に、が胸の中を行戻りしている。