星の挽歌/筆者不明、日々録、帝暦百年以前(5)

写影:共和暦25年2月24日
訳:ミカ・エリン

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【帝暦24年 1月16日】

 帝都。曇、日暮れ頃より雪。来客なし。書簡なし。

 早朝、四妹の死を観る。五月は花の良い季節であるゆえ、献花に困ることがなくてよろしい。同じものを見たらしい淑人が気分が悪いと訴えているが、当然のことと諭す。死も病なのか戦なのか事故や自傷なのかで見るものが違うが、大概星の悲鳴である。金属の軋みと似ているが、耳に残ってやりきれぬ。四妹の死が安らかであればよいが、それはまだ分からぬ。二弟も同じくだが、不穏地へ行くのであるから期待は出来ぬ。
 陛下の星の落ちる音は今でも胸にむざむざと思い興すことが出来る。あまりに高く強い絶叫と血穢ちがれの濃さに感覚を打たれ、しばらく星を見ることも出来なかった。あれを思い出せば今も胸のどこかが溢れ、えづきそうになる。武烈王の星落とした時も同じような声を聞いたはずだが、あの時はまだ別の星の墜落に打たれて緩和されておったのであろう。
 公の星はまだ時期では無い(帝暦46年10月5日)。私の方が長く残るが、あの方も長寿である。彼の星が落ちる時はきっと同じような魂切たまぎる悲鳴を聞くはずで気鬱。
 公とは二十七の時、旧王国の後宮で初めてお会いした。星の強さと圧倒的な重さに震えるほど嬉しかったはずである。星の軌道回遊が同一伝路であれば必ず我々は向き合うた。
 先の陛下のことを思い出していると二弟は言うが、そうしたいと思っているわけでもない。星を粉々にしてしまったのは自分で、報いは受けている。呼吸も声もまだ聞こえるのに振り向いても誰もおらぬ。気配は分かるのに、視線を向ければ霧散して何も無い。
 初めてお会いした頃の陛下は確かに悪かった。例の件にて酒にしか逃げ込めず、極端にまともな時期とぞっとするほど空虚な時期を振り子のように往復するだけの日々、私も洛と陛下の両方を支えきれず結局、洛の星を陛下に食わせてしまった。本来もっと前に逝かねばならぬ女であったのに、食わせる為に生かしておいたような気さえしてしまう。否、きっとそれが真実なのだろう。だからそれを信じないのは私の自由だ。
 一体あの頃の公が陛下の為に何をしてくれたのか。陛下の背骨を支え、生きることを選択してほしいと訴えて続けていたのは私であり、むしろ彼は陛下を拒絶したはずだ。*1政宮事件に彼の助力なくば困難であっただろうとは思うが、決断に至るまでの繰り言を一晩聞いてやったのも私である。良い記憶も無論ある。祖父に対して出兵を説いてくれたことを感謝もしているが、しかし和解は恐らく出来ない。私も彼も折れることが出来ぬ。
 陛下が生きていて下さったらと、無駄な思考と理解しているのに考えてしまう。陛下は恐らく公を宥めて私を叱り、いつの間にかうやむやに柔らかく丸めてしまうだろうし、それに殆ど時間は必要ないのだろう。面影を失いそうになるたびに目を閉じる。
会いたい。星を砕いてしまったせいで陛下の気配は常に地上にあって池に映り込む星のように感じても掴めない。
 声が聞きたい。お叱りで一向に構わない。
 会いたい、ただひたすら会いたい。
 自分もいつか砕かれて星の葬列へ混じりゆくが、それまでお会い出来ないのが辛く長い。何故生きねばならぬのかも分からない。
 *2清陛下は姿声はよう父君に似ておいでだが、それ以外全く似ていない。あれは妹の複製品で、しかも遥かに出来が悪い。
 溜息になる。公のことは現状に対する不満もあるが、同時に追憶も存在している。それは時代を共に手を取って走った連帯である。だから公とはこのまま等間隔を保つのがよいと考える。
 和解など無理、かつ、無意味。──もう、あの方はおられないのだから。

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*1 執政宮事件
 旧王国歴219年夏、王不予のために摂政として国政を指導していた武烈王を始祖帝が斬ったとされる事件。「聖祖、武烈王をして曰いわく、利を恣にし害を恣にし陛下と異なるなきあり、これ甚だ便ならざりと。みずから刑罰を行い、基年ついにその君を怯おびやかすことあり。聖祖、武烈王にしばしば諫むが聴かず。よって聖祖、遂に武烈王を斬り、天下正道に是を問う」とされている。

*2 芳清陛下
 当時の皇帝フォルシード一世の漢氏名は芳清である。母親が漢氏であったため漢氏名を持つ。他に漢氏名を持つ皇帝は四名いるが、伊家が排出した漢氏名皇帝は彼一人。