星の挽歌/ラウール大公及び書簡主、書簡その他(3)

写影:共和暦25年2月5日
訳:バート・アネキス

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【宛名・緑公閣下・帝暦26年2月1日】

 先日皇太后陛下にお会いいたしました。故ユーファー公の思い出などを語り、そういえば私も彼から皇太后陛下のことを「*1秀な弟子」と伺っていたことなどをお話しましたところ、大層感慨深げに頷いておいででした。
 ユーファー公のことは本当に残念以外の言葉を持ちません。あんな形であのように亡くなってしまうことに人の生死の不確かさと脆さを感じてしまいますが、彼は数少ない、あの御方とあなたをつなぐことができる人間でございました。そんなことを仰った後、彼女は私にあなたと自分の橋渡しをして欲しいと仰いました。
 仰られたのでお引き受けし、お引き受けした以上この手紙となります。ご不快でしょうがどうかご一読願います。
 先帝陛下のご葬儀以来、あなたがたが胡桃くるみの殻のように離れて寄り合わないことを誰しも当初不思議に感じておりましたが、ここまでに至りてそれが当然のような気もして参りますから不思議なものです。あちらは漢氏の名門の総領嫡子、あなたは平民層のご出身ですからそもそも価値観の基礎が違うのでしょう。
 けれどそれでも同じ翼の元で共に手を取り、あの方の御為にと未来を見ていた時期があったことを、若い連中が知らない時代になって参りました。ならば皇太后陛下の仰ることにも多少のことわりがあるように小生感じます。
 私があの方と元来*2仲であることはよくご存じだと思います。そしてそれを回復するつもりは私の方にはございません。沢山の不愉快な出来事がございましたし、一つずつは細かなことではありますが、しかし私はどうしてもあの事件のことを忘れられません。あの方は直接の加害者(この表現をお許し下さい)ではありませんが、あのまま大逆教唆でよかったのではないかとさえ思ってしまいます。
 もちろん先帝陛下の御栄光を達成するには彼の勇気ある行動と覚悟が必要でしたし、実際に戦の功績の大半が彼に帰するものであることは承知しています。今私がこうしてぬくぬくと栄華とやらを送っていられる政権が、彼とあなたが築いてきたものであるということも理解しております。お話をしていただくことに当方へのご配慮は無用でございます。私はあの方を確かに好きではありませんが、このままでは他国に付け入る隙を与えてしまうというのならば、それも道理とは感じます。
 後宮はあまりにも敷居が高いと思われるならば、一度私の家へ遊びに行らしていただくのはいかがでしょう。ロリス湖は碧深く美しい場所ですし、帝都より風も涼しく避暑にはよいと思います。皇太后陛下も別荘をお持ちです。もうお互い生涯の残りを数える年齢なのですから、そろそろ心残りのないようにせねばなりません。

【署名 ラクシ・カラバグ・ガウドルート】


【補記、手蹟はケイ・ラウールと同一】
 ユーファー公の死はまさかという思いで聞いた。所詮は組合であり非武装員ばかりだという報告も受けていたというのに、蓋を開けてみれば何故か傭兵で溢れかえり、指示の間もなく武力衝突へ進んでしまったことを看破出来なかったと言われるが、けれどその報告をあげてきたのはあちらである。情報は命脈と思うのはこんな時だ。
 挙げ句御前会議で私が謝罪と弔意を申し上げたときに戻ってきた「こうなることは分かっておりましたから謝罪など結構」に対しては言葉がない。以前軍部が金を食い過ぎていることを多少注意したが、そのことをまだ根にもっておるらしい。記録に残ってしまうからわざわざ御前会議を外した場にして差し上げていることを、理解しているのか、していないのか。
 とはいえ、このままにしておく訳にはゆかない。結局カラバグ公の言うとおりで、我々が同じ星を見上げて同じ軌道を歩こうとしていたことは事実で、その過程には確かに美しい時期があったことを今の若い連中は誰も知らぬ。知らないというより、聞いていても見ていないものを信じる気にはなれないのだろう。
 軍部と文治派の現在の対立に多少なりとも参与してしまった自負はあるが、軍が突立して国の鼻面を引っ張り回すなど、あってはならぬ。刀剣ばかり目立って専横するような国は遠からず滅びる。相手が剣を持っているならば自分も構えて対抗しようと思うのが人間で、新しい玩具を手に入れたら使ってみたくなるのが心情である。つまり長く国家を生かすのであれば法と律できっちり骨を組み、時代感や世相反映のために時折は指向にそって組替ができるようでなくてはならないし、その先導は優秀な官吏がするべきなのだ。
 皇太后陛下が心から案じて下さっているのは分かる。彼女は彼の妹であるし、年齢がかなり離れていて実際は妹というよりは娘に近いものであったから、あの方も彼女のわがままは昔からよく聞いていたものだ。
 そういえば昔、彼女を第二夫人としてどうかと勧められたが、断ったことがあった。考えてみればあの頃彼女は既に先帝陛下の寵を受けていたはずで、具体的に進み始めれば面倒なことになったはずである。
 先帝陛下と勝負しようなどと考えたこともない。それは圧倒的に自分の負けで、悔しささえも起こらない。それに皇太后陛下には感謝を抱いている。何よりオレセアルの奇跡を今でも語り継ぐ詩人や物語師の筆にかかれば、緋色の天使の呼び声となって綺羅星のごとくに美しい。
 だから年老いた彼女はどんなに乞われても表に出すべきではない。伝説の中にすっくと立つ黒髪の少女はいつまでも少女であるべきで、後宮を掌握し今上帝に次々と女を勧める彼女であってはならないのだ。
 今後オレセアルの話は伝説化されていくだろう。その兆しは十分にある。だから自分が今するべきことは、彼女を後宮から出さないことである。けれどオレセアルの件は本当に先帝陛下にとって救済だった。例の件ではあの方が随分と助けになった。だから私は本来彼らに感謝するべきなのかもしれない。
 だが今はもう戦火の時代ではなく、文治の時代である。私の思念が組み上げていく世界は私の価値観において常に正しく圧倒的に力強い。半ばは研ぎ澄まされた剣に似ておって、世界は歪みなく美しい。自分の死標に何を書かれても結構だが、きっとこの国は長らえるだろう。剣の鋭さではなく、ペンの呪縛によって。


【補記・2、手蹟はケイ・ラウールと同一】
俺はお前のために何でもしてやろうと決めたのだ。例の件を知らされたとき、自分がいかにお前にひどい仕打ちをしてきたのかを思い知ったから。
何でもしてやろう。どんなことでもしてやるし、そのために後世自分がどんな汚辱をかぶろうと構わぬ。お前にだけは直接非難がゆかぬようにしてやる、
──どんなことをしても、どんな手を使っても。

※この第二の補記はインクの色が違う。恐らく別の日に書かれたものと思われる。

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*1 イ・ユーファー
 ラファーナ、つまり緋色の聖女と言われる一連の剣士少女の伝説は広く親しまれているが、彼女の実際の剣の指導は従兄であるイ・ユーファー将軍がしていたようだ。彼は勇猛で圧倒的な強さを誇る剣士として人生の前半は有名であった。後半は従兄でありラファーナの実兄であるイダルガーン大公の第二の腕と呼ばれ武功を幾つもたてている。
漢氏名は姓が伊、名が由、字名が文芳。アリエドの組合紛争の調停のため現地へ赴任し、サヅッカ陰謀にかかり死亡する。
 またアスファーン王子の幕僚にいた時期が長く、同僚のカラバグ公やラウール公とも親交が深かった。

*2 不仲
 カラバグ公もラウール公と同じくアスファーン王子の秘書官の出身である。イダルガーン大公との接点は多くないが、文官からはイダルガーン大公は蛇のように嫌われていたらしいため、この論旨も珍しくはない。大きな諍いがあったわけではないところが逆に深刻なのである。