星の挽歌/イダルガーン大公、日々録、帝暦百年以前(3)

写影:共和暦25年2月24日
訳:ミカ・エリン

line006_005line006_005
【帝暦40年10月2日】

ミシュアル。曇り。書簡4通、淑人へ。夜よりラウール公の屋敷へ伺う。

 妹の葬送式礼を終える。沈痛な面持ちであられる陛下を見ておると、やはり先帝陛下を思いだす。あの方がずっと生きていらして年齢を重ねて下さっておればきっとこんな風であったかもしれぬ。それは少々酒とした時にラウール公も仰っていた。相変わらず蟻が舐める程度にしか飲まぬ方ではあるが。
 この葬送式礼を最後に引退する我々の手向けにと陛下からは沢山の御下賜である。多少楽に呼吸できるようになるであろう。老人が去ればましになるはずである。
「マレンファンの後援を頼む、あれは自分の後継者である」
 公がそんなことを仰る。ナクハルト公はよろしいのかと聞くと苦笑してあれは向かない、エスラスト公に関しては教育だろうが難しいと笑っておられた。今上帝もここ数年で軌道修正されてきたものの、確かに陛下の口から*1と聞くと溜息をつきそうになる。
 星を見ておられる公の表情は柔らかい。見ているのは星であるが眺めているのは過去である。ラストレアで先の陛下と星を見たお話をぽつりぽつり伺う。お二人の間の絆と、私との間にあったものは多少違う。例の件とその後の事でも公は恐らくまだ私を責め足りぬであろう。彼と初めて長く話した夏の夜、彼は泣いていた。
 あれほど奴が苦しんでいたのに、俺はそれを知っていたのに、何もしてやらなかった。俺は奴を裏切ったのです。奴が俺を必要なときに伸ばされた手を叩き返した。
 公はずっとご自分を責めていらしたが、王子もお話ししたくなかったはずで気に病むことは無いと申し上げた記憶がある。私は偶然知ってしまったし、その後の事も知らなくて良いことを知ろうとした余り武烈王の後を追うはめになってしまった。武烈王が必然と仰った意味も分かったし、彼が決して冷静ではなかったことも結果的に知ってしまった。あの件に関しては何か新しいことを覚える度に「知ってしまった」と思う。
 だからラウール公が私を裏切り者と言ったことは一面正しい。但し、私と先帝陛下の間で既に終わらせた話でもある。末期の床から陛下は私に、必ずラウールと道を共にせよ、国政に限らずどんな些細であれどラウールに全て包み隠さずに話をせよ、ラウールには余からも良く説いておくと仰った。そして恐らくあの件を公に伝えるのを忘れたのだろう。
 私は彼が知らないとは思っていなかったし、彼は怒りと衝撃のために蒼白であった。
 そのように申し上げると公は曖昧に頷いておいでだった。今生ではあと一度か二度会えれば良いだろうと思うから、公には日付を知りたいか聞いてやる。一瞬躊躇ったようではあったが答えは否である。それでよろしいと自分も思う。

line006_005line006_005
*1 犬
 二代目皇帝フォルシードの評価は両老であったラウールとイの二公が引退するまでは低かった。とりわけ闘犬への傾倒は金の食い方も大きく、長老達の頭痛の種であった。二十二歳の頃、母親である皇太后、ラウール公、伯父であるイダルガーン公の三名から半日も部屋に籠められて説教されたらしく俺が皇帝なのに、あいつらは本当に暇で困る、という愚痴の手紙を友人であり享楽の共有者であったエスラスト公へ書き、その父であるラウール公に見つかって再説教されている。
 エスラスト公はラウール公の長男だが放蕩が過ぎて家督からは閉め出されており、芝居の脚本や詩作に精励した芸術侯爵。彼の最大の後援者はフォルシード帝であった。闘犬はそうでもなかったが、芝居の楽しさをフォルシード帝へ教えたのも彼である。二人芝居を書いて皇帝と二人で御前会議を放り出して練習し、それをまた「小うるさい長老ども」に叱られている。
 両老が引退し、自身がようやく政治の頂点にいると理解した四十代手前頃からようやく国政に真面目に取り組むようになり、積極的に指導することはなかったが平衡感覚を強く意識した平等で公正な治政を敷いた。