星の挽歌/小説(4)

 目に付いただけの小さな貸部屋に転がり込むように私たちは入る。絡めた指とあわさった手のひらの温度と鼓動が痛くて熱い。
 部屋に入るともう一度唇が塞がれた。さっきよりも少し荒いキス。吐息と髪からこぼれおちる煙草の匂い。ブラウスをスカートから引っ張り出して潜り込んできた手が、さっき繋いでいたときと同じ温度だ。
 ブラを無理に外そうとせず、上にずらして包み込むように揉みほぐすような仕草になる手に私は吐息で返事する。
「やっぱ、冷えてる」
 耳元で声がして一旦身体を離した彼が私を抱き上げ、そのままバスルームに入った。服の上から温水のシャワーが降ってきて、私は震える。確かに雨の中にずっといて、身体が芯から冷えていた。冷えていたと気付かないほど。少し熱めの湯が降ってきて、痛い。
 服が肌にはりついて気持ち悪くて身体を揺するとまた唇が押し当てられ、私は自分からそれを受け入れた。吐息を貪り合うような激しいキス。
 彼の手がブラウスのボタンを外していく。だから彼のシャツのボタンを外す。取るよ、という声がしてブラのホックが外され、バスルームのどこかへ適当に投げられてぺちんと壁に当たる音。
 お湯がようやく肌に馴染んでくる。私は壁に背を押しつけながらだらりと座り込み、胸を揉み込むような仕草を勤勉に続けている彼の頭を抱き寄せた。気持ちいいかどうか、よりも安らぎの方が強かった。今求められていることが嬉しくて、こんな殆ど勢いだけで行きずりと大差ないようなだらしのない関係が、何故かほどけるような安堵に変わる。
 次第に呼吸がうわずり、自分のものではないような甘たるい声がこぼれ始める。ブラウスの片方の肩を抜いてもう片方を揺すり落としながらキス、キス、何度も。
「ミカ」
 呼ばれてぴくんと私の背が反る。名前を呼び捨てられるとぞくっとする。それは誰かの名前が自分に書かれるような感覚を引き起こした。彼の手が私の膝を撫で、太腿に触れてゆっくりスカートの奥へ入って──
「あ」
 私は不意に閉じていた目を開いた。太腿を撫でていた手がぴたりと止まる。
「……どした?」
「ちょ、ちょっと待って」
 私は慌てて彼から離れようと身をよじる。足下に落ちていたブラウスを踏んだ拍子に情けない音がして、多分どこか破ってしまった。けど、そんなことどうでもいい。
「お願い、ちょっと待って、ね? あの今更ここまで来てやめようとかそういうのじゃないから、安心して? でもちょっと、ちょっと待って?」
「……待てない、無理」
 言うなり唇がまた重なって、ぬめり込んでくる舌が私の言葉を吸い尽くすように動き始める。最初気付いた煙草の匂いも慣れてきたのか薄い。舌が絡まると身ごとくるまれるような心地よさがあって、私は彼の胸にすがりつくようにそれは受け入れる。
 彼の膝が私の膝を割り、片足を僅かに押しひろげて内股から更に奥の方に手が伸びる。
「だから、待ってってば」
 私はその手を掴み、押し戻した。
「ちょ、ちょっとだけ向こう、向いててくれない?」
「なんで? 脱がすのも好きだし、別に君だって初めてじゃないでしょ?」
「も、もちろんです! でもちょっとだけ向こう見てて」
 お願い、と私は彼の頬を挟んでそっぽを向かせる。いやだよ、と拗ねた返事が返ってきて私は宥めるような優しい声を出した。
「ほんとに、すぐだから。別に嫌だってことじゃないから。ちゃんとしますします、したいしたい、ね、だから向こうを向いてってば!」
 私があげた声に彼は少し唇を突き出して嫌だ、と言った。
「ちゃんと理由を言えよ、納得したらそうしてあげる」
 私は首を振る。今日こんな事になるならもうちょっと考えてくれば良かった──でも朝出かけるときに今日は突然誰かと良い感じになるかしらなんて考えるわけ、ない。
「言えないなら続き……もしかして履いてないとかいう?」
 私の様子でスカートの奥に秘密があると理解したのか、手を突っ込みながら彼がそんなことを言う。そんなわけないでしょ、と私はその手を掴む。
「そんな腰が冷えるようなことするわけないでしょ。ちゃんと履いてますっ」
 頬に血が上がってくる。何を叫んでるのだろう、私は。
「じゃ、いいでしょ。……ねえ、それともすんっっごいの履いてんの? 見せてよ」
「やめてってば!」
 私は子供みたいにスカートの中を覗き込もうとした彼の頬をひっぱたく。ぱちんという甘く優しい音を立てて彼が自分の頬に触れ、苦笑した。
「俺が無理矢理見てもいいし、自分で何が嫌なのかちゃんと話してもどっちでもいいよ? どっち?」
 シャワーの音をすり抜けて、そんなことを低く言われると情欲の薄暗さと共に突き刺されるようになってしまう。どっち、と促されて私は羞恥のあまりに両手で顔を覆った。水音に紛れるくらいの小さな声で言う。
「し、下着が……」
「履いてないの?」
「違います! 下着がち、ちょっと大きめで、子供みたいな柄で、は、恥ずかしいの! 絶対に見ないで!」
 今日のブラは夏向きの少し濃い目の肌色で、ブラウスが薄くても外に透けない。レースとワンポイントのリボンもまぁまぁ可愛らしい。だからそっちは何ともない。
 ……そしてショーツの方は例の三枚特売りのアレで、淡いピンクに小花がちりばめられ、後ろはドレスを着た子猫たちがしっぽを絡めて踊る絵……って、どうして今日、よりによって、これにしたのかしら……
「もう、やだ……本当に、見せたくないの。それだけなの。お願いだから、見ないで」
 恥ずかしすぎて消えそうな声しか出ない。ショーツの柄も安っぽい適当さも、ブラと全然合わせていないところも、全部身をかきむしりたくなる。
 微かに彼が笑ったようだった。
「ん、わかった。ごめんね、言わせて」
 うん、と頷いて私は自分でスカートの中に手を入れ、ショーツを下ろそうとする。その手を彼が取って止め、私の首筋に顔を埋めて肌を優しく吸いながら下着を引き下ろしていく。見ないよ、という声がして私はうんと頷いた。
「こっちの膝、あげて」
 言われて片膝をあげるとそこからするりとショーツが抜かれ、もう片方の膝も同じようにしてやるとやがてブラと同じようにぺちんと音がした。
「見てないからね」
「……うん」
「恥ずかしかった?」
「ちょっと」
「可愛い」
「……馬鹿」
「可愛いよ」
 それ以上私は言葉を無くしてしまう。スカートが取り去られ全部脱いでしまったあと彼も性急に自分の服を脱ぎ捨てて、私たちはやがて境目の曖昧な、真っ白い海へ抱き合いながら転げ落ちる。