Family

 あたしの母はカニである。うちの母がえっちゃんやゆっこちゃんとこのお母さんとちよっと違うって事は結構あたしは早い時期から気づいていた。
 どうしてって幼稚園の頃はよく聞いたのだけど、その度に母が口から馬鹿ほど泡をふきながら
「みーちゃんは見かけで親を区別すんのかい?!」
と泣き喚くので黙るしかなかったのである。
 それでも何とか家の中はうまくいってたし、家でカニを食す話題さえ避けていれば平和だったので、あたしもいつしかなんとなく、それに慣らされていたのも事実だ。
 今年あたしは猛勉強の末、女子大の付属高校へ合格した。入学手続きに戸籍謄本がいるのでそれを取りに出かけようとすると、母は慌ててあたしを止めた。
 あんまりしつこいんで、つい頭にきて
「なーんでよう。納得するように説明してよぉ」
とくどい、母の一番嫌がる口調でいってやった。
 母はぐうぅっ、と一瞬つまり、目を出したりしまったりしていたが、いきなり
「うおーん!」
と派手に泣きはじめた。
「ちょっと、どうしたのよ」
あたしはびっくりして慌てて母を持ち上げる。酸素を吸いすぎたのか、口から泡ばっかりふいているから、急いで母を特製の水槽に戻した。
 母は少し落ち着いてから水槽の梯子を登ってきて、涙ぐみながら言った。
「実はね、お母さんはね、みーちゃんの本当のお母さんじゃないの。みーちゃんがちっちゃい頃にね、施設から養女にもらったのよ」
 母はまたうるうると涙を盛り上がらせていたが、あたしはそっか、と思っただけだった。
 ……意外だとは全然思わなかった。
 それよりも季節になると母が後生大事にかかえている卵が全部弟や妹でなくて本当に良かったと思った。悲しいとかショックだとかそんなことよりも、あたしはとっても納得したのである。
「ふーん。で?」
 母を抱えてわざとらしく一緒においおい泣いてやる気もなかったので、あたしはそっけなく言った。
「で、とは何ですか、親に向かって!」
「親じゃないじゃん、カニじゃん」
母は急にはさみをがしゃがしゃ動かした挙げ句、勢い余って後ろへひっくり返ってしまった。
「み、みーちゃん、助けてぇ!」
 はさみは甲羅の内側に向かってついているから関節の関係上、自分じゃ起きられないのである。
「しょうがないなぁ」
言いながらあたしは母を助け起こすと、母はまたぶりぶりと言いはじめた。血はつながってないけどみーちゃんは15年間育ててもらったことをなんとも思わないのねとかつぶやいている。
 はいはい、とあたしは適当に返事をしていた。母が期待していたのはドラマみたいな親子の麗し〜い愛なんだろうけど、そんなのほんとに昼過ぎの愛の劇場の見すぎだ。だいたいカニの母からあたしが生まれるはず、ないもんね。
 母はいつまでもぶりぶり怒っていたが、あたしが少しも相手にしないのでふてくされて水槽の中の、父が入れた中国の壷を逆さにしてつくった巣に篭って一日、出てこなかった。
 まぁ母の機嫌はあたしの高校の制服が届いてすっかり元にもどり、母は上機嫌であたしの入学の準備をしていた。
 そんな時、夜中に母が急に苦しみ出して父が車で病院へ連れていくという事件があった。父に留守番をしているように言われてあたしは居残った。
 夜が明けて車の音が家の車庫へ消えるのを耳にしてあたしは急いで玄関先まで迎えに出た。母の具合はやっぱりそれなりに気になった。
 母は元気そうに車から飛び降りてきた。あたしは少し安心して父をみた。父は車の後部座席からでっかいものをとりだして後生大事に抱えながら戻ってきた。
「なに、それ?」
あたしが聞くと、母はきぃぃ、と甲羅をきしませながら
「なに言ってるの、あんたの弟なのよ」
と爆弾発言をかました。
(げーっ!)
あたしは仰天して父の抱いている「弟」をのぞき込んだ。ごくふつうの、猿みたいな赤ん坊だった。
(うげぇ〜)
あたしは息をのみ、それから母におそるおそる、
「この子も養子?」
と聞いた。
「ははは、みーこは馬鹿だなぁ、ほぅーら、目元なんかお母さんそっくりじゃないか」
父が顔面をぐしゃぐしゃに崩してわらいながら言った。
「鼻筋がとおってる所はパパ似ねぇ」
母は心底うっとりとした口調で言った。
 そういえば、今年は卵を抱いてなかったけど。でも。それって、何なのだ!
「うーむ」
 あたしが考え込んでると父が本当に嬉しそうに言った。
「子供が出来るなんて思わなかったからなぁ。不妊治療もやめてたのに授かるなんて、本当に子供は天の贈物だな」
 不妊治療という言葉と一緒に、一昨年中学校で見せられた性教育のビデオ、毎年春には母が抱いていたつぶつぶの卵、保健の教科書、友達のかしてくれた「愛の体験告白」。
 そんなものがいつまでも頭の中をぐるぐるとまわっていて、あたしはひたすらうなりながらもう一度、世界と母とカニと父と、新しい家族について考えこむのだった。
《Family 終》


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