海嘯の灯 14

 海鳥のあざける叫びがする。ぎゃあぎゃあと騒ぐその音はライアンの耳元すぐで聞こえ、顔を上げると姿は消えてただ闇だけが残されるのだ。
 リァン、とライアンは手を伸ばす。
 リァン、助けて。俺を助けてくれ。
 月も星もない闇夜に、ただ一つ灯された明かりだった、あなたは。俺に死にまつわる全てを教え、その覚悟を植えつけてまで、生に関わる全てを俺に教えなかった。
 それでも良かった、あなただけが俺を救ってくれたのだから。
 暗い海は懐かしい香りがする。俺は元々こういう世界から来たのだ。誰もいない。何もない。海はいつも嵐で当たり前で、夜はいつも闇なのが当たり前だ。虚無をさまよう海鳥達がむごいことわりを歌うのも、それが他人であるなら当たり前の話だ。そこに他人はいらなかった。黒々とした空間を駆逐するものがあるなどと思っていなかった。
 だからそこにリァンの赤く灯る命の火を見たときに、初めて陸の存在を知った。陸を知り、明かりを知り、リァンを知った。この身に流れる血潮の全てでリァンを崇拝した。
 与えてもらった。帰るべき場所を、自分のいるべき場所を。命の灯のある方向をリァンが指してくれた。だがあなたが消えてしまって、また方向は分からなくなってしまった。海は嵐、夜は闇。だが、自分は既にそうでないものもあると知っている。知っているからこそどうしようもなく焦がれている。
 リァン、助けて。
 あの頃のように俺に行き先を教えてくれ。愚かだと笑いながら答えをささやいてくれ。あなたの考えていたことが知りたい。今からではもう遅いだろうか。俺たちの間にはもう何も残されていないだろうか。
 リァン、助けて。
 俺を置いて行かないでくれ。俺一人を置いて去り、去った後に心だけを連れに来る。
 リァン、俺に教えてくれ。
 死のための生ではない、本当の生というものを。きっとそれはあなたに教えてもらうべきものだったんだ。本当は。俺は聞かなかった。あなたも教えなかった。だが、それを聞かなければいけなかったんだ。自分が、自分として生きていくために。リァンの影から抜けて自分として存在するために。
 リァン、教えてくれ。
 あなたは俺を信じていてくれていたのだろうか。そうだという答え以外を聞く覚悟は出来ている。
 リァンと呼ばわりながら手を伸ばしても、掴めるのはむなしい闇ばかりだ。だがそれも当たり前だ。ここには元々何もないのだから。無いものは掴まえられないのが道理だ。
 リァン。ライアンはそれでも手を伸ばす。波が側舷にあたって飛沫がかかる。潮の臭いが濃くなってくる。遠い昔はこの海は怖くなかった気がする。それが当たり前だったから。だが今は怖い。自分が一人なのだと知ってしまったから。
 それに気付いていなければ今リァンが生きていても、自分は愚かなままだったろう。何も見ず、聞かず、ただリァンの背を追っていつか死に赴いたろう。
 気付いても未だにリァンの後を追いたい心に、ライアンはおののいている。いずれにしろ、二度と戻らぬ日々を望んでいると、知っていた。

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