紅花怨 26

 からん、という高い鐘の音がした。喪服の一団が声を上げながら出てくる。大声で泣く女達、すすり泣く子供。からからと赤い風車が沢山の墓石の群れの間に回っている。雪がやんでつき抜けた青い空から降りてくる、冷たい北風に軽く回り続けている。
 もう一度鐘の音がした。女達の声が更に大きくなった。
 シャラは鉄の飾り格子の向こう側で回る、赤い風車を見つめた。からから、からから、音を立てる。
 母の体もあの中のどこかにまとめて埋められているはずだった。風車の赤い色が、目に痛い。
(妹じゃないの、いつから知ってたの……)
 雪に凍えた体をアパートで暖めながらシャラは聞いた。ライアンの返答は苦笑であった。
(お前の水揚げが済んで……しばらくして、お前の兄の話を聞いてすぐ。調べるのは本当に簡単だったから)
 そう、とシャラは頷いた。彼はずっと知っていたのだ。他人だからと切り捨てなかったのは、だから彼の意志が大きい。そんなことに、今更気付く。
 シャラはライアンの腕に腕を絡め、頬をよせながら目を閉じる。
 からんという音がまた鳴り響いた。女達の啜り泣きが、いっそう激しくなる。花が投げられる。
 ──お前たち!
 男が建物から出てくる。
 ──ここはただで葬式を出す場所じゃないんだぞ!
「ただで葬式を出す場所なのよ」
 シャラはくすくす笑った。帝都には衛生を管理する役府があるが、行き倒れたり身寄りと金のない遺体をまとめて焼いて、灰を捨てずに集団墓地に入れてくれる。身寄りがあるとなると受け付けてくれないから、何を聞かれても知り合いだとは誰も言わない。
 そんなことを軽く説明して、シャラは自分の側に立つ男を見上げた。ライアンは感慨深げに墓地の並ぶ場所を見つめていた。彼の母親はどうなったのか分からないが、この場所のどこかに眠っている可能性はあった。娼婦たちは大抵、葬式はここ任せだ。
「ライアン……」
 シャラはライアンの腕に絡まるように掴まった。
「お母さんが、まだここにいないと、いいね……」
 微かにライアンが笑った。彼はとうに諦めているのだろう。
 シャラはライアンの腕から離れて歩き始める。まだ道端に残る雪が、光を乱反射して目に痛かった。
 タリアの境界門が見えてくると、シャラは鞄の中から小さな鏡を出して化粧の具合を見、鞄の一番奥から蝶の刻印の入った母の国の通貨を取り出した。
「これ、チアロに渡して。あたしからって。ごめんねって。忘れないでくれると嬉しいなって」
 ライアンは頷き、それを懐に入れた。多分あの屋敷に入ったら、ライアンがあの屋敷の主になるかあたしが死ぬかでしか、出られない。服も靴も何もかもライアンの金で揃えたものばかりで、あの銅貨だけが母から伝わってきた、自分のものだから。
 境界門を抜けると景色は変わった。その中を歩いていくとやがて、そのつき当たる場所にある屋敷が見えてくる。ここが自分の墓場になるだろうか。
「ねぇ……」
 シャラはライアンの袖を掴み、その手前で俯いた。人質としての効果を期待させる意味において、シャラがこうして人前でライアンに甘えることを彼は許容していた。
「もう一回、言って……」
 ライアンが唇を自分の耳によせて囁いた。
「シャラ、俺のために死ね」
 嬉しい、とシャラは微笑んだ。これだけを抱いて死んでいくというのなら不足もなかった。
 タリア王にいつかこの人がなるのを見たいと思いながらシャラは昂然と顔を上げ、微笑みながら運命の中へ静かに歩き始めた。


【終】

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