第3章 かもめたちはうたう 7

 夜を往く人々の間をか細く縫って、小さな酒場から歌が聞こえてくる。流れ豊かな雑踏の中、小魚が泳ぎ渡るようにその歌は誰かの耳をかすめゆく。それはもう若くはない女の声。けれど人生の不確かさと悲しみを知っている声音。どこか突き放した他人さが気楽で、だが誰もが覚えのあるような温もりが懐かしい。
 女の歌にふと足を止めた通りすがりの男は一瞬迷い、おぼろな光がこぼれてくる酒場へと足を踏み入れた。主人らしい初老の男が目で好きなところに座るように促して、席に着くとほぼ同時に女が次の一節を歌うために深く息を吸い込んだ。
 女は歌う。あいのうたを。




   愛からはぐれた海鳥たちの 叫びは風に紛れゆく
   流浪さまよい彷徨さすらい鳴き立てて 戻らぬ人を呼び続け
   お前の耳にも流れてくる? 慟哭のような、海鳥の歌
  
   帰してよ
   お前の姿が世界から 消えてしまったあの日まで