1月3日 午後8時

 俺はこたつの上に携帯を置いて、じっとそのコールを待っていた。とにかく知ってる限りの元彼女の知り合いに電話して、俺がどうしても連絡を取りたいことがあると伝えて欲しいと言ったのだ。彼女の知り合いは俺たちが別れたのを当然だが知っていて大抵は渋ったのだが、俺は今更ヨリを戻そうってんじゃないんですよと強く主張した。
『彼女が欲しいっていうから俺の名前でも応募した懸賞が当たったんですよ。全国1名限定の等身大メリー。……あ、そうそうあの焼きそばのやつです。でね、俺、元から興味なかったしとにかくでかくて邪魔だから、引き取って欲しいなあと』
 彼女は次の彼の家に転がり込んだから、俺は住所を知らないのである。俺が必死で友人知人に電話をかけているその横で、羊は上機嫌に雑煮やらカレーやらをあたため、
「お腹すいてぇ、冷蔵庫の中のもの食べちゃったの、ごめんね~! なのでメリー、アキラ君に手料理作ってみたの、ねっ食べて食べてっ」
 などとほざき、例の変な服の上からレースのぶりぶりひらひらしたエプロンを脱ぎながら
「デザートはあ・た・し~~~! なんちゃって~ぇ! むほほほほ」
 などとはしゃいでいた。エンドウ、何故分かる。
 ただし、その食費を俺の財布から出したことまでは予測できなかった。ここまで傍若無人にやられていてまでそこに思い至らなかった俺も間が抜けているが、お約束の如く当然のように人の財布から金を出す羊。返せと怒鳴るといやぁんという例の甲高いアニメ声で笑っているのか俺を馬鹿にしているのか分からないほど上機嫌に腰をくねらせるのだ。
「だってぇ、お料理したんだからぁ、手間賃だと思ってよアキラ君。だって何を食べるににしたって材料費はいるじゃなぁい?」
 筋は通っているのだが、羊に言われると腹が立つ。そもそもアルミホイル鍋のついた冷食お雑煮セットとレトルトカレーでそんなに威張られる筋合いなどあるか。俺の携帯はうんともすんとも言ってくださらない。ねぇねぇとまとわりつく羊を軽く突き飛ばし、俺はこたつにしがみついた。
「うるさい、俺は大事な電話を待ってるんだ、静かにしてろ!」
「あらぁ、アキラ君って怒ったトコもす・て・き~」
 俺はもう一度うるさい、と怒鳴った。待てど暮らせど電話が来ない事実が、一層暗い気分にさせる。あの女は『等身大メリー』と『俺との再会』を天秤にかけて俺を会わない方を選んだのかも知れなかった。と、携帯から着メロの「地上の星」が流れ始めた。俺は電話に飛びついた。
「も、もしもしっ」
 勢い込んで叫ぶと、電話の向こうから聞き慣れた声が笑った。
「むほむほほほ、アキラくぅ~ん、お元気ぃ?」
 ばっと振り返ると羊が自分の携帯から俺の携帯にかけているのだった。俺は黙って立ち上がり、羊の携帯を取り上げて床にたたきつけた。
「やだぁ、何するのよぉ、アキラ君ったら乱暴なんだからっ、きゃっ」
 ……最後の照れは何だ……
 とは思うものの、これで怯んでしまうとまた同じ事になってしまう。俺は羊、と怒鳴った。
「俺が電話待ってるの知ってんだろ?! 邪魔するな! お前なんか絶対に返品してやるからな! この腐れ畜生が!」
「アキラ君ひどぉい! だってメリー、ちょっとアキラ君を元気にしてあげようと思っただけだもん! 返品って何よぉ、メリーをものみたいにぃ! ぷんぷんっ」
 ぷんぷんと羊は口先で擬音をつけながら腰に蹄をあててクイクイと振っている。俺が唖然とする間に、羊は自分の携帯を取り上げてリダイヤルを回したらしい。俺の携帯がもう一度『地上の星』を歌い始める。
 俺は通話を切った。羊は酷い酷いと涙声で呟いていたが、俺は初めて羊にほんの少しだが勝った気がして、ふんと笑った。
「お前の携帯、ここ出ていく前に俺の携帯のメモリー消せよ」
 そして速攻で携帯を変えて引っ越してやる。元彼女であるところのあの女がそうしたように、とにかく今は羊から音信不通になりたかった。
 俺の携帯番号はあの例の懸賞葉書に書いてあったから何故コイツが俺の番号をという謎は解けたのだが、羊にこのメモリーを握られているかと思うと怖気だつ。
 羊はひどぉ~い、と呟いた。声が泣き半分だ。よく見ると羊の瞳孔は四角いのだが、その瞳に涙のようなものが浮いている。久しぶりの勝利感に俺はにやにや笑い、近寄るなよ、と念のために怒鳴ってからこたつにもぐり直して寝転がり、雑誌を広げた。
 羊のせいであまり頭には入らないのだが、あの女からの電話があるまで時間は潰さなくてはいけないし、だいたいかかってこないかも知れないのだ。
俺の怒りが効いたのか大人しく愚図っている羊の繰り言をことごとく無視して、俺は雑誌をめくり続けた。こいつのせいで俺の無駄でぐうたらで居心地のいい寝正月は散々だが、あの女か羊の会社に連絡さえ付けばどうにかなる。
 その上で、どちらにしろ嫌味と文句を言ってやらなくては気が済まない。俺はぼんやり雑誌の文字を斜めに眺めながら、あの女と会社の連中に何をいってやろうかと案を練りはじめた───その時。
「ア・キ・ラくぅ~~~ん!」
 羊の甲高い声が、俺の頭上で響いた。
 その次の瞬間、俺はぐほっ、と叫んだ。とてつもない重量と質量を誇るものがいきなり俺の腰の上に落ちてきたのである。
 思い切り腰を痛打し、俺は咳き込んだ。
「メリー・ラブ・アタァ~~ック!」
 羊が俺の頭上でそんなことを叫んでむほむほ笑っている。それでやっと俺の腰の上に羊が飛び乗ったのだと合点がいった。
「降りろ、馬鹿ッ」
 俺は怒鳴りながら振り返る、羊はいやぁ~ん、と身をよじった。奴がいつも着ているあのレースたっぷりの黒い服がない。一面の羊毛のモコモコしたのが目に入り、俺は一瞬あぜんとした。
「きゃっ、アキラ君ったらジロジロ見ないでよぉ、恥ずかしいもんっ」
 羊は歯をむき出し、ふひひひと笑った。
 ……お、襲われてる……?
 俺はやっと事態に気付き、羊を押しのけようとしたが奴はやたら重い。ぜえぜえいいながらやっと身体を反転すると、羊はむほっ、むほっ、と普段に増して興奮した鼻息で笑いながら俺の服を剥ごうとする。
 お、襲われてる……!
 何故新年から俺は羊に強姦されなきゃならんのか?! 神様、俺そんなに悪いことしましたか?!
 とっくみあいになったがやはり羊は重い。本当に重い。身長は俺とあまり変わらないのだがとにかく重い。それとあの鼻息。
「むふぅん、むふっ、むふふっ、ア・キ・ラくぅ~~~ん、そんなぁ、照れなくてもいいのっ」
「照れてねぇ!」
 いやがっているのだ。かなり激しく。
 だが羊は剛腕だった。本気で身体がきしんでくる。
(こ、このままじゃ犯られる)
 俺は男として屈辱的な恐怖まで感じた。俺を夕飯のデザートにしようとする魂胆だな羊! いや今こんなことが分かっても俺に何の得があるのだろうか。
 俺は羊を思い切り突き飛ばし、携帯を掴んで風呂場に駆け込んで内側から鍵を回した。すぐに警察に電話する。
「す、すみません、羊が襲ってきました!」
 オペレータが出るやいなや俺は叫び、またしても速攻で切られた。
 風呂場のドアの外から羊が猫なで声で俺を呼んでいる。出ていったら絶対犯されると確信し、俺は今夜は風呂場に籠城だと風呂椅子に座ってうなだれた。

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