例えばそれも愛だとすれば1

 新年の準備も大詰めになってきて、王宮はばたばたしている。兄は、今年は駐屯地での新年になりそうだということらしい。一緒に戦線を張っているサファ将軍が、シエルナ軍閥の方で新年に何かあるということで本日帝都に戻ってきたのだが、その時に兄の様子の報告と一緒に兄からの手紙を貰った。
「元気でやってるから、安心しなさいね」
 サファ将軍はそう言って執政宮の入り口まで迎えに行った僕の頭をぽんぽん叩いたのだが、僕は色んなことが心配だ。
 兄は……何ていうのだろう、祖国では王子の側近を務めていたし、陛下の信頼も厚い参謀官で戦術や戦略のことなどはイ将軍も納得してくれたほどにちゃんとした人なのだが、こと生活という狭い範囲に限定して話をすると全くちゃんとしていない人なのだ。

 洗濯物は放りっぱなし。シーツは敷きっぱなし。枕はへこみっぱなし。食器は置きっぱなし。物は出しっぱなし。兄に任せて家を空けるとわずか10日で、「獣道くらいならある」という部屋の状態に陥る。料理など出来るわけもなく、例えば魚のスープに塩と間違えて砂糖を入れてみたり、火加減という物を知らないから生焼けだったり焦げていたりその両方だったり。
 とにかく、生活能力者としては兄は最低なのだ。

「身の回り、片付いてますか」
 それだけが気になる僕も僕なのだが。
「駐屯地の天幕に副官もいるからね、彼女がせっせと片付けてるわよ。あんたはお兄さんのことは心配しなくていいから、ケイの心配をしてあげて頂戴な」
 僕は思わず笑ってしまった。陛下の、と言わないところがやっぱり側近なのだなと感じ入ってしまうのは、実はその通りのことが起こっているからなのだ。
 僕が笑ったのを見て、サファ将軍は肩をすくめて悪戯っぽい顔になった。
「陛下はミシュアル領主だった頃からちーっとも変わらないわね。あの頃だって側近がわたわたしてさ、本人は知らん顔でしょっちゅうどこかほっつき歩いてたンだから」
「サファ将軍は陛下をよく御存知なんですね」
 僕が言うと、将軍はどうかしら、と首をかしげた。

「あたしなんかよりもずっとケイやイ・ターレンの方が知っているはずだけど」
 ターレンというのは漢氏の尊称のようなもので、イ将軍とかイ・ターレンとか呼ばれている人のことは日常、イダルガーンという名前で通る。
 陛下やケイ様はガーンと呼んでいるみたいだけれど、その二人以外にイ将軍を愛称で呼ぶなどという恐ろしいことを出来る人間を、僕は生憎知らない。

「お二人とも、陛下とは長いんですものね」
「実はザンエルグ公の方が付き合い自体は長いはずだけどね」
 ふん、とサファ将軍は鼻を鳴らした。サファ将軍はあんまりリュード=ザンエルグ騎士公伯がお好きでないのだ。もっとも公伯も将軍を煙たがっているみたいだから、おあいこなんだろう。と、いうわけで将軍の発言を主観に近く書き換えるなら、長いのは期間だけだけどねっ! ……という感じだろうか。
「じゃあサファ将軍はそのお三方の内、どなたが陛下のことを一番御存知だと思います?」
「そうねぇ……どうだろ? 仲がいいのはケイだけど何か相談するのはイ・ターレンだし、遊び回るなら公伯って感じだからね──そんなこと気になるわけ?」
「僕、あまり陛下のことを存じ上げないので……執務の時にも、本当は僕が気を使わなくちゃいけないんですけど、逆に僕の方がいたわってもらってしまって、何ていうのか、もう少し陛下の気配をちゃんと分からないといけないって思ってるんです」

 言いながら僕は恥ずかしくなってきて、俯いてしまった。陛下の執務には勿論複数の秘書と副官がついているわけで、僕は更に細かい雑用だとか陛下のお気向きの時に話し相手を務めたりするだけなのに、時々泣きたくなるほど何も出来ていない気がする。
「なので、新年の儀式が開けて仕事が再開される頃にはもうちょっとましになっていたいんです」
 真面目に言った僕に、更に真面目な顔でサファ将軍は答えた。
「陛下のあしらい方ならケイに聞きなさい。イ・ターレンは甘やかしてるだけだから、その点全くダメ、ダメの見本。あんたもああなっちゃダメだからね。それと公伯にそんなこと聞いたら骨までしゃぶられるから気をつけなさい」
「あの……僕が聞きたいのはあしらいかたではなくて付き合い方なんですけど。イ将軍も今年の冬はお戻りになるって聞いているので、一番よく御存知な方に色々とお話を伺えたらなあって……」
「あら、面白そうな企画」
 うふふ、とサファ将軍は笑う。企画ですか、と僕は聞き返した。

「そうよ。陛下の側近とその秘書とか副官とかに聞いて回って投票とりましょ。で、あんたはその結果を見て弟子入りすればいいんだし、外野はそれで1杯飲めるからね。あ、あたしはケイに1票」
 僕は曖昧な返事をした。それって……いいのだろうか。変な人気投票の片棒を担がされるのは遠慮したい。僕があまり乗り気でないのを見て、サファ将軍は僕の肩を抱いて耳元で言った。
「それにさ、他の連中がどう思ってるのか、あんた知りたくない? つまり陛下は誰の言うことを一番良く聞いてるのか、ってことじゃないの」
「あ、そうか……そうですね」
 僕は頷いた。そうでしょ、と満足そうにサファ将軍は笑い、そして僕の耳を抓った。
「あんた、今、あたしのこと避けたでしょ。あたしはねー、あんたみたいなすっかすかの鳥ガラみたいなのはき・ら・い・な・の。食べるところもありゃしない」
「じゃ、イ将軍みたいな方が好みなんですね」
 これは勿論冗談なのだけど、サファ将軍が同性愛者であることはたった1名を除いて誰もが知っている事実だ。といっても将軍が乙女に恋するお相手以外はあんまり目に留めないのも本当だから、普段はあんまり意識はしない。……ものの、いきなり肩を抱かれたらびっくりするのも確かだ。

 サファ将軍はにんまりと笑った。
「彼か……顔と体格はすごく好みなんだけどね、出会ったのがミシュアル戦線でさ。口説く暇も無くってねぇー……あー……彼があたしに取りすがってあんあんよがってくれたらなぁ……」
 この人、本物なんだな……
 僕は少し遠い目をした。