例えばそれも愛だとすれば5

 微かに遠く、鐘の一声がした。払暁を告げる音に陛下が玉座から立ち上がる。
 陛下の良く通る声が新年の幕開けと慶賀を告げると万歳三唱が起こった。
 僕は陛下のお側にいて細々したことを助ける役割のために、玉座のすぐ脇に膝を突いている。本当は臣下はこの段に登ることは出来ないのだが、僕のような役割を果たす侍従だけはそうしてきたという。他にも数人陛下の身の回りのことをする侍従はいるのだが、選ばれたのは僕、なのだ。
 陛下が新年の祝辞を受け取るために段を降り始める。陛下の引きずる衣装の裾を持って足さばきをお助けしながら、僕は陛下についていく。と、ふと陛下が足を止めて僕の頬を軽く撫でた。
「あ、今年も色々よろしく」
 陛下の御手が最初に触れたのが僕であることに気づき、僕は嬉しくて大きく頷いた。陛下が頷き返して笑う──眩暈がしそうだ。
 例えば雄々しく男性的な美丈夫というならイ将軍で、繊細で華麗な美青年というならリュード官長だろう。
 けれどそのお二人を側に置いてなお、人目を引くのは陛下なのだ。眩しさ、慕わしさ。きらめく熱線のまっすぐな瞳たち。僕を含めて人々はみんなそんな風に陛下を見つめている。
 それを身につけて、ますます陛下を取り巻く空気が明るくなっていくのも分かる。はっきりと見える気さえするのだ。
 何がそんなにそうさせるのか分からないけれど、でも少しづつ表現の違う好意の根が一つで例えばそれも愛だとすれば、陛下ほど愛されている方は他にいないと思うのだ。
 そして僕は自分を幸福だと思う。陛下は役割や責任と仰有ったが、陛下が深く心を預けておられるのはやっぱりケイ参議官やイ将軍などといった方々で、僕ではない。僕のことは可愛がって下さるが、それは信頼とはちょっと違うことだ。
 にもかかわらず、陛下が足らないと言って下さったことが本当に嬉しい。だからこそ嬉しい、というのは確かだった。
 兄に手紙を書こう、と僕は唐突に思った。僕が陛下のお心の隅に入れてもらっていることを告げて、兄に無理をしなくていいのだと言わなくては。僕たちはたった2人の肉親同士なのだから。
 新年の祝賀が一通り終わるとそのまま新年会に入る。儀礼用の重たくて裾を引きずる衣装を嫌がっていた陛下はお召し替えが済んで、せいせいしたという面持ちでケイ参議官と酌み交わしている。
 僕が新しいお酒と肴を運んでいくと、意地悪、という陛下の笑い声がした。ケイ参議官が肩をすくめ、それから僕に気付いて盆を受け取って下さった。
「さっきの、参議官の仰有るとおりでしたね」
 僕が言うと、ケイ参議官は上機嫌に笑った。
「ま、そんなものだよ。それより面白いものが見られるから、もう暫くここにおいで」
 僕が首をかしげると、陛下が補足を下さった。
「さっきの賭け代の話だよ。俺が誰に投票するかっていう、あの話」
「……何を賭けたんです?」
「女装」
 ケイ参議官は自分で口にして吹き出された。陛下が天を仰いで呼吸困難になるほど笑っている。僕は……悪いが一緒になって笑ってしまった。
「……ガーンは俺に票を入れていたので女装だけは勘弁してやった」
 参議官はそんなことを言って、それを陛下とさんざん肴にし始めた。ちなみにイ将軍は女装の替わりに僕たちと同じような服を着ることで合意したという。
「あ、ほら来たみたいだ」
 ケイ参議官が人混みの向こう側を指し──
 いや、これから先は僕の胸の中にしまっておこう。
 お二人の名誉のために。


《例えばそれも愛だとすれば 了》