魔女の末裔7


 公歴九五四年、夏。帝都に二人の魔女が在った。一人は皇后エグレット。いま一人は寵姫イルヴィス。二人の女は皇帝を弑そうと試み、失敗したと歴史に伝えられている。
 皇帝リジェス四世はこの弑逆事件の衝撃で暫く床へつき、起き上がることも困難だったという。彼は寝台で繰り返していた──魔女が来る、魔女が来る、魔女が来る──、と。

 やがて回復したリジェス四世はここ三百年ほど途絶えていた領土拡張戦争を起こす。戦は無意味だと諭した議会を無視し、彼を諌めた皇后を斬り、自ら陣頭に立った。戦端が開いても皇帝は後方まで下がって安全を図るということをせず、必ず突撃の先頭に加わり、何度目かの突撃の際に彼は帰ってこなくなった。彼が常に握り締めていた赤い剣と共に、戻らないまま年月は過ぎた。

 彼の捜索はおざなりで、もっと正確に表現するならば形式だった。廷臣たちは彼が見つからないことを望んでいた。赤い剣を常に佩び、気に入らないとなればすぐに斬りすててきた恐怖を再び戴きたいと誰も考えなかったのだ。議会はリジェス四世の死を二年隠し、その後病死と発表する。
 そして紅剣のことは記録から消し去られ、当時の人々の死と共に、記憶からも失われた。
 後には魔女の伝説だけが残った。物欲しがる子供を諌めるために、大人たちは脅し文句として魔女と囁く。
「そんな聞き分けがないと、魔女になるよ」
 ──と。

《魔女の末裔 了》